(´-`).o0(2020/1/23(木)今日から宮崎キャンプだす)
アンカー(目次)
1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Instagram
4.Webニュースログ
横浜F・マリノス オフィシャルサイト
今日の練見(れんみ)
祝優勝横浜F・マリノス🌟🌟🌟🌟#fmarinos pic.twitter.com/RxiIDMiKzM
— ケンケン@ヨコハマ (@a7m2alpha) January 22, 2020
宮崎にとうちゃ〜く🛩
今日から遠藤選手が合流です😁#宮崎キャンプ #fmarinos #遠藤渓太 #扇原貴宏 pic.twitter.com/g0lKlGfRW4— 横浜F・マリノス【公式】 (@prompt_fmarinos) January 23, 2020
本日、#横浜Fマリノス が宮崎市にキャンプイン⚽️
先程、歓迎セレモニーを行いました。
昨季はリーグ優勝を果たしたマリノス。今季はリーグ連覇やACL制覇に期待が高まります。
チームの皆さんにとって充実したキャンプとなりますように!https://t.co/MLHXmz3GNr#宮崎市 #宮崎キャンプ #fmarinos https://t.co/tFgOkf2w9o pic.twitter.com/7MSOqIZF5I— 宮崎市広報 (@MiyazakiCity_PR) January 23, 2020
相変わらずの最高の環境で二次キャンプ開始NOW pic.twitter.com/Blu5t2IJPg
— 栗原勇蔵 (@kurihara_yuzo) January 23, 2020
Twitter / Instagram
宮崎シーガイア
Jリーグチャンピオン
横浜F・マリノス
良い雰囲気! pic.twitter.com/wCYcbO3ehO— 原博実 (@iijikantai) January 23, 2020
#fmarinos のJ1リーグ10節までのアウェイチケットについてまとめてみましたー。
需要あれば、引き続き更新をするかもしないかも。 pic.twitter.com/b0Y1hDVBNG— ろこ@横浜F・マリノス系ブログ「こけまり」 (@kokemari) January 23, 2020
Webニュースログ
2020/01/23 横浜Fマリノスがキャンプイン|NHK 宮崎県のニュース
サッカーのJ1で昨シーズン15年ぶりに優勝し、連覇を目指す横浜F・マリノスが、宮崎市で23日からキャンプインしました。
シーガイアスクエア1で行われた歓迎セレモニーでは、園児たちが花束を贈呈し、「宮崎のおいしいものを食べて優勝目指して頑張って下さい」とエールを送りました。
さらにきんかんやいちご、日向夏など宮崎の特産品が贈られ、ポステコグルー監督は「3回目の宮崎ですが、すばらしい施設と完璧な芝の状態に感謝します。来年またチャンピオンとして戻ってこられるよう、ハードワークをします」とあいさつしました。
このあと、選手たちはストレッチやランニングで体をほぐしたあとパス練習を中心に行いました。
キャンプには今月、タイで行われた国際大会に出場していた23歳以下の日本代表、遠藤渓太選手も合流していてチームメートと一緒に汗を流していました。
都城市から駆けつけた40代の男性は、「ことしも宮崎に来てくれてうれしいです。キャンプは近い距離で見られるのがいいです。子どもにサインを頼まれたのでもらって帰ります」と話していました。
キャンプは今月31日までで、25日と29日、それに30日には練習試合が予定されていて無料で観戦できるということです。
2020/01/23 イップス、衝突、安英学の助言。マリノスGK朴一圭「勝負は2年目」 – Jリーグ – Number Web – ナンバー
text by キム・ミョンウ
2019年、師走。忙しい時期にも関わらず、横浜市内のホテルに足を運んでくれたのは横浜F・マリノスのGK朴一圭(パク・イルギュ)だ。
身長180センチ。GKとしては平均的な身長だと思うが、目の前に立たれるとやはりでかい。
「今日はよろしくお願いします! こうして取材のオファーが来るのは本当にありがたいことで、うれしいです。活躍しないと取り上げてもらえないですからね」
開口一番、そう言って笑顔を見せてくれた。つかの間のオフということもあり、表情はとてもリラックスしていた。
大学時代は朝鮮大学校サッカー部でプレーし、2012年に当時JFLの藤枝MYFCに加入。その後、2013年に関東1部のFC KOREAを経て、2014年からJ3にカテゴリーを上げた藤枝へ再び籍を置いた。2016年からは3シーズンFC琉球で過ごし、2018年にJ3優勝を経験。2019年にはいきなりJ1のマリノスへとステップアップし、正GKとしてJ1を制覇した。驚くようなサクセスストーリーだ。
「実力というか、ラッキーがすごく多かったなっていう1年でした。出来としては100点満点、いや、それ以上ですね。’19年は実力以上のものがすべて来てしまった感じがあるので、新シーズンがすごく怖いですね(笑)」
実力よりも“運”が勝っていたとかなり謙遜していたが、決してそんなことはない。話を聞いているうちに、彼が努力で運を手繰り寄せたことがよく分かってきた。
–バシバシ止めるGKがかっこいい。
子どもの頃の話だ。サッカーを始める前は、両親の影響もあり、朝鮮学校ではバスケットボールをしていた。
そんな時、仲のいい友達から「パギ(愛称)、もちろんサッカー部に入るよな?」と言われ、断ることができずしぶしぶサッカー部に入部。
初日の体験会のときに目を奪われたのが、シュートを何本も止めるキーパーの姿だった。「キーパーやっている人がシュートをバシバシ止めていたんです。それがむちゃくちゃかっこよくて。それで自分から『キーパーやります』って言いました」。
これが“パギ”のGK人生の始まりだった。バスケットボールには未練もなく、サッカーにどっぷりとのめり込んだ。中学生になると部活ではなく、外部のクラブチームでサッカーを続けた。
–金鍾成監督との出会い。
自分のレベルがどれほどのものなのかを知りたいという欲求は、すでに当時から芽生え始めていた。GKとしてのスキルをもっと高めたいという思いが強くなる中、どの高校でサッカーを続けるのかを迷っていた。そんなときに声をかけてくれたのが、のちに朴の恩師となる金鍾成(キム・ジョンソン)監督率いる東京朝鮮高級学校のサッカー部だった。
金氏は現在、J3の鹿児島ユナイテッドの監督を務めている。元北朝鮮代表FWで、現役時代はジュビロ磐田、コンサドーレ札幌(現・北海道コンサドーレ札幌)でプレーした。現役引退後は朝鮮大学校サッカー部やFC琉球の監督を歴任。’18年にはFC琉球をJ3優勝に導いた。
「金監督のいる高校が僕のことを必要としてくれていたんです。日本の高校に行こうかとも迷っていたのですが、求められたのが初めてでうれしかったし、試合に出られる環境にいないと意味がないと思っていたので、東京朝鮮高に決めました」
全国の舞台には届かなかったが、プロでやりたいという意志は明確にあったという。
–セレクションを受けるも、JFLへ。
高校卒業後、Jクラブのセレクションを受けるも叶わず、朝鮮大学校へ。当時、関東2部リーグ所属だったが、同リーグには小林悠(川崎フロンターレ)ら、後にJリーグで活躍する選手たちが切磋琢磨していた。そうした恵まれた環境の中で、プロという目標を明確に掲げて練習を続けた。
大学4年間で力がついた確信もあったし、少しの自信もあった。朴は再度、Jクラブへ挑戦する。横浜FC、大分トリニータ、ガイナーレ鳥取、ザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)の当時J2クラブのセレクションを受けた。だが、ここでもまた合格を勝ち取ることができなかった。
「危機感はありましたが、とにかくサッカーを続けることは諦めませんでした」
いくつかのJFLチームのセレクションを受けて、2012年に入ることができたのが創設4年目の藤枝MYFC。JFL1年目のクラブで朴は社会人としてのキャリアをスタートさせた。だが、翌2013年はもう1つカテゴリーを落とした関東1部のFC KOREAに行くことになった。
「このままサッカー人生が終わっていくのかという不安もありましたが、とにかくJリーグの舞台に立ちたいと必死でした」
–チャンスをつかむきっかけは「声」。
悶々としていた日々についに転機が訪れる。2014年、J3昇格を果たした藤枝MYFCへ再び加入する機会を得た。ついに“Jの舞台”に立てる日が来たのだ。
チャンスをつかんだきっかけは「声」だったという。
「とにかく大舞台でやりたいという気持ちがあったので、それで練習中にたくさん声を出したんです。一週間、練習に参加させてもらいましたが、もう喉がつぶれるくらいでした。そしたら監督が『あのキーパーはいい。試合に出る出ないに関係なく、必ずチームにプラスになる』と評価してくれたみたいで」
実体験で得たものだからこそ、説得力がある。「声」を武器に入団を勝ち取った朴は、今でも忘れられない光景があるという。
「藤枝MYFCがJ3のカテゴリーに上がったとき、練習場にあるボールがJリーグの公式球に変わっていたんです。『自分もようやくJの舞台に来ることができたんだ』と、そのボールを見て熱いものが込み上げてきて……。カテゴリーが上がるだけで、大きく環境も変わるんだとものすごく感じました。自分が追い求めていたものに少し近づけたと感じた瞬間でした」
ボールを見てそのような感情を抱くところが、いかにも“ゴールキーパー”らしい。それくらい「Jリーグの舞台でやりたかったし、もっとうまくなりたかった」のだ。
–イップスと戦いながらJ3琉球で優勝。
そこから2年間、正GKとしてプレー。2015年のシーズン終了前に直接連絡があったのが、高校3年間、大学3、4年時に指導を受けた金鍾成監督だった。2016年からFC琉球の指揮官となった金監督はGKを探す中で、かつての教え子に声をかけた。
「(藤枝時代に)1カ月で2回も退場してしまい、2試合出場停止になって最終節に出れなかったんです。そんなときに金監督から連絡がありました」
プロになって初めて受けたオファー。求められることに喜びを感じた朴は二つ返事で快諾し、正式にFC琉球への移籍が決まった。そこで過ごした最後の3年目の2018年、J3で優勝を手にする。「この3年間を振り返ってみて感じるのは、自分のパフォーマンスがすべて良くなった」ことだという。そのきっかけはとにかくキックの練習に集中して取り組んだこと。現代のGKにはキックのスキルは必要不可欠だが、朴には強化しなければならない理由があった。
「今だから言えるのですが、実は長らくキックの“イップス”になっていたんです。当時は周りの誰にも言えなくて」
ゴルフや野球で“イップス”になる選手はいると聞くが、サッカーではあまり聞いたことがない。
「藤枝時代に足首のケガをしてから、インステップの形をしっかりと作ることができなくて、すくい上げるような形で蹴っていたんです。治療も終わり、まっすぐ足首を伸ばして蹴ったら地面を蹴ってしまう。これがずっと続いていました。
金監督は(自分に)キックがうまいイメージを持ってくれている。周囲の選手からもキックが下手とも思われたくなかった。だから、とにかく必死に、毎日緊張感を持ってボールを蹴っていました。チーム練習が終わってから2時間、ぶっつづけでボールを蹴りこむ日もありましたね。そのおかげでいろんな球種のボールを蹴られるようになりました」
朴にはプロとしてのプライドがある。弱点があれば、周囲に知られまいと隠れてコツコツと努力して克服する。それは自分のためでもあるのと同時に、チームのためでもあることを朴はよく知っている。
–チームのために憎まれ役に徹した。
朴のプロ意識の高さを知れるエピソードがある。
J3というカテゴリーには様々な選手がいる。現状に甘んじるか、より上を目指すのか、選手のマインドは人それぞれだが、総じて「“物足りない”と感じることも多かった」と朴は正直に話す。
特にFC琉球にいた3年目は、自らキャプテンになることを志願した。「自分がキャプテンになればチームをJ3優勝に導く自信がある」と。周囲からすれば「何を生意気な」と映ったかもしれない。
朴はチームのために憎まれ役に徹した。当時、チームには日本代表経験もあるFW播戸竜二が所属し、時にチームメイトの要求を「パギ、お前いいすぎやぞ」と言われることもあった。それでも朴はチームへの思いから、遠慮をしたり、自分の姿勢を変えることはなかった。
「最後は播戸さんも自分の気持ちを分かってくれ、『J3ではそれくらい言わなあかんのかもな』と言ってくれました。そして静かに自分のことを見守ってくれてました。自分の思いと姿勢を、実績のある選手にも理解してもらえたことはとてもありがたかったです」
その姿勢がチームメイトにもしっかりと伝わったのかもしれない。キャプテンを務めてJ3優勝という結果を残し、朴は2019年にマリノスへと移籍する。
–ヨンハさんが背中を押してくれた。
「このとき他クラブからも熱心にオファーをもらっていて、ほぼ心の中では決めていたんです。自分のプレースタイルにもきっと合うという確信もありましたから。そしたら、マリノスからもオファーをいただいて……。マリノスには絶対的な存在として飯倉(大樹)さんがいたので、試合には出られないだろうと思っていました。自分はこれまで試合に出て実力を上げてきたので、ものすごく迷いました」
そこでアドバイスをくれたのがJリーグでプレーした在日コリアンの大先輩でもある安英学(アン・ヨンハ)だった。
「ヨンハさんに『パギはどうサッカー人生を歩みたいのか。なぜサッカーをしているのか』と聞かれたんです。僕は昔から『在日の子どもたちのために夢とか希望とか与えたくてサッカーをやっています』と。そしたら『J1はなかなか行けない舞台で、なおかつ名門のマリノスは誰もが入れるチームじゃない。試合に出られるか分からないけれども、子どもたちは練習している姿を見るだけでもがんばっているお前を見てすごく力になるし、夢を与えることなんだよ』って言ってくれました。それを聞いてハッとしました」
–インパクトを与えたGK朴のプレー。
出番は予想よりも早く巡ってきた。J1デビューを果たしたのは2019年3月29日、ホームの日産スタジアム(第5節・鳥栖戦)で先発メンバー入りした。この時は妙に落ち着いていたという。
「大分に敗れた後の練習から監督がずっと自分に付きっきりで見てくれる日が続いたんです。もしかしたらスタメンもありえると思っていたので、しっかり準備はしていました。それもあってデビュー戦は緊張はそこまでしませんでしたね」
最後に聞いてみたいことがあった。何度も挫折を繰り返しながらもあきらめず、ここまで来られた要因は何なのか。
「誰が見ているかわからないところでも全力で取り組む姿勢を忘れずにいたこと。練習も試合も本当に誰が見ているかわからないんです。それに子どもたちに夢を与えたいっていう気持ちが根底にあって、それが一番の支えになっていました。
もう1つはただサッカーが好きっていう気持ちですね。サッカーをやめる自分が想像つかないし、もっと上手くなると自分は信じていました。俺は絶対にやれると、変に自信があったんです。今は下手だけれど、練習を重ねればうまくなるし、自分しかないパーソナリティーを持っていれば、必ずどこかで上手くなれるという自信があったんです。だから最後まで諦めきれなかったんだと思います」
もちろんこれからもサッカー少年たちの道しるべになるサッカー選手でありたいと思っている。朴が前に飛び出して相手の攻撃の芽をつむプレーをスタジアムで目の当たりにしたサッカー少年もきっと多いはずだ。そういう意味では1年目に与えたインパクトは十分。あとは実績を積み重ねていくだけだ。
–連覇、ACL……「勝負は2年目」。
2020年はJリーグ2連覇という目標のほか、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)にも出場することになる。スケジュール的にはハードな1年になるのは間違いない。
「とにかく監督が求めているサッカー、目指しているサッカーを体現することが課題です。そこに着目してやることが、選手としてもチームとしても成長することになるのだと思います。その結果がリーグ連覇なのか、天皇杯なのか、ACLなのかはわかりませんが、必ず結果に繋がってくると思います。何度も言いますがJ1での1年目はいろんな運やめぐり合わせが自分にはあった。だから勝負は2年目です」
根拠のない自信を持ちながらも、慢心はない。常に全力の“パギ”は今季も実力で“運”を手繰り寄せるに違いない。
2020/01/23 横浜大津が学生と合同トレ プロ仕様メニューを課す – J1 : 日刊スポーツ
J1横浜F・マリノスのMF大津祐樹(29)が22日、都内で自身が主宰する大学サッカー部の学生を支援するプロジェクト「Football Assist」の活動に参加し、今月7日の発足以来、初となる学生との合同トレーニングを行った。
12日から20日まで行われていたチームでの沖縄・石垣島キャンプを終えたばかり。21、22日はオフとなったが、23日から始まる宮崎での2次キャンプをにらみ、学生と共に体幹トレーニングなどで汗を流した。
大津は「コンディションは順調にきています。自分も一緒にやりながら、お互い強くなってそれぞれのチームで活躍できるように。必要だと思うトレーニングをコミュニケーションもとりながら一緒にやることで楽しさもあるだろうし、そういうところはいい点だと思います」と振り返った。 指導するのは大津が契約している宮下純一トレーナー(36)。サッカーをはじめ、ボクシングやバスケットボール、スノーボードなど多岐にわたるアスリートを手がけた経験を持つ同氏のもと、学生らにも“プロ仕様”のメニューを課して体を鍛えた。大津とともに約1時間のレッスンを完走した神奈川大サッカー部の三沢徹晃(21)は「普通のウエートトレーニングなどとは違い、鍛えている部位を意識しながらできました。大津選手も真剣にやっているので、自分もやらないといけないと思った。また一緒にできることがあれば何でも吸収していきたい」と充実した表情をみせた。
この日は大学サッカー部の選手をはじめ、個人トレーナーの仕事に興味を持っているという帝京大サッカー部の梅北茉奈トレーナー(21)が見学。プロジェクトの波は大学チームのスタッフにも波及し始めている。選手と同じ学生ながらトレーナーを務める梅北さんはSNSで活動を知って見学を申し込んだといい「うちのチームは強化部ではなく一般の部活動なので、プロトレーナーはおらず、食事補助などもない。プロトレーナーさんがパーソナルトレーニングでどんなことを話しているのか参考になったし、来て良かった」と笑顔をみせた。
同プロジェクトは大津と日本代表DF酒井宏樹(29=マルセイユ)が共同で立ち上げたもので、男女問わず無料会員登録を行った大学サッカー部の学生へ向け、トレーニングや備品の支援、大学卒業後のキャリアサポートなどを行う。宮下トレーナーによる無償でのトレーニングをはじめ、今後は栄養士による講座や大学サッカー部員を求める企業のセミナーなども予定しており、すでに関連企業からの問い合わせも相次いでいるという。大津は「若い頃からいいトレーニングを学ぶことでスキルも伸びるし、優秀なトレーナーから無償でレッスンを受けられる機会もなかなかないと思う。自分も生徒の1人ですし、どんどん学んでいってほしい」と学生たちと共にさらなる進化を遂げることを誓った。
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