2013年・J1リーグを終えて~横浜F・マリノスのシーズン振り返りWeb記事(まとめ)

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目次(ページ内アンカー)

1.[カナロコ]V逸の悲劇 横浜M激闘の2013
2.[J SPORTS]横浜F・マリノスに何が起こったのか?中盤の進化の途上で得点力不足に陥った
3.[スポルティーバ]元横浜FM監督・木村和司「俊輔には優勝させてあげたかった」
4.[nikkei BPnet]大逆転負けで優勝を逃した横浜F・マリノス、敗因は「考えすぎ」
5.[Number Web]俊輔と憲剛、2人の“勝負強さ”観。J最終節の明暗の続きは、天皇杯へ。
6.[現代ビジネス]篠田洋介(横浜F・マリノスフィジカルコーチ)「“おっさん軍団”強さのワケ」
 

カナロコ

2013/12/10[カナロコ]V逸の悲劇 横浜M激闘の2013(上)先発固定で最後に失速

 J1横浜Mは王手をかけたラスト2戦で連敗し、あと一歩のところで9年ぶりのリーグ制覇を逃した。「V逸」という悲劇はなぜ起きてしまったのか。開幕前の低い下馬評を覆し、30代中心のベテラン軍団が駆け抜けた激闘の2013年シーズンを振り返る。

●巧者
 FWマルキーニョスやMF中村らが高い位置からボールを追い、攻守の切り替えの速さで相手を圧倒する-。横浜Mのサッカーは豊富な運動量を必要としながらも、ハードワークをいとわない選手の献身的な働きによって支えられてきた。

 樋口監督が標榜(ひょうぼう)してきた「攻守にイニシアチブを握るサッカー」は就任2年目で熟成され、開幕6連勝に結実。DF栗原は「その貯金をうまく使いながら(中村)俊さんを中心に試合を運べて夏も乗り越えられた」と振り返る。

 先発平均年齢が31歳を超えるチームは失速が懸念された夏場も、3連勝を含む6戦負けなしで過ごす。一度も4位以下には落ちなかった。

 試合運びの妙も光っていた。

 プレーが途切れた時間を除いた実際の1試合平均のプレー時間を示す「アクチュアルプレーイング・タイム」はJ118チーム中、最も短い52分台。中村がCKやFK時に水分補給を挟んだり、ゆったりボールをセットしたりすることで、間合いを取った。

 「急ぐ必要はないし、それもサッカーの一つ」と中村。勝利の可能性を少しでも高める老練の戦い方だった。

●限界
 ただ、疲労は静かに忍び寄っていた。「攻撃でも守備でも1メートル前に出ることができていない」。ある選手が夏を過ぎた頃に危惧していた通り、チームは徐々に失速の色を濃くし始めていく。

 前半戦は1試合平均得点2点に迫る32得点を稼ぎ出していたが、後半戦は17得点とほぼ半減。8月28日の浦和戦以降、2点以上奪ったゲームは一度もなかった。

 先発の顔ぶれがあまり変わらない起用法も拍車を掛けた。運動量が求められるマルキーニョスをはじめ、40歳のDFドゥトラらサイドの選手を終盤にベンチへ下げる策はほぼ皆無。目の前の一戦に全力を注ぐ姿勢は美しくあれど危険性もまたはらんでいた。

 勝てば優勝が決まるラスト2戦。ホームの新潟戦では前線からのプレスで気おされた。最終節の川崎戦では全くボールを奪い取れなかった。チームを救ってきた中村、FW斎藤の強烈な個人の力で突破しなければ、もはやゴールは遠い状態だった。

 胴上げを阻止した川崎のMF中村が神奈川のライバルをこう評す。「前回の対戦の方が球際の強さ、出足の鋭さも含めて怖さがあった」

●底力
 ただ、9年ぶりのタイトルを逃したとはいえ、選手それぞれは死力を尽くしたと言える。

 胆のう炎を患った中村はリーグ戦1試合を空けただけでピッチに戻り、37歳のマルキーニョスは最多の16点を奪取。J1最年長のドゥトラは33試合に出場した。

 「年齢ではなく、自分たちのプレーをしっかり見てほしい」。全34試合に出場を果たした35歳の中沢は、30歳を過ぎれば戦力外というリーグの風潮に一石を投じた戦いぶりに胸を張る。

 総得点、総失点ともに昨季を上回り、リーグ2位の31失点、得点数も49まで伸ばした。大きな補強がない中で、イレブンが目いっぱい力を発揮した証拠だった。

 それだけに今季はタイトルを奪える願ってもない好機とも言えた。

2013/12/11[カナロコ]V逸の悲劇 横浜M激闘の2013(中)チーム一丸には遠く

 ナビスコ杯準決勝第1戦の柏戦に0-4で完敗し、決勝進出がほぼ絶望的になった翌日、9月8日のミーティングでのことだった。

 「もう一度、一つになって頑張ろう」。樋口靖洋監督は全員を前にこう呼び掛けたが、サブ組がグラウンドに向かうために席を離れると、言葉を一転させたという。

 「これからの戦いは、このメンバーで戦っていくからな」。主力組への鼓舞は、サブ組を含めて一丸となろうとしたイレブンにとって、水を差すようなものでしかなかったという。「本当にあり得ない。選手に言う必要があるのか」。伝え聞いたサブ組の一人は文句をぶちまけた。

 より一層チーム力が試される終盤戦を前にチームは揺れていた。

●組織
 シーズン序盤は結果も伴ったことでチームはうまく回っていた。

 開幕6連勝を成し遂げた際には、FW藤田やFW端戸らサブ組が決勝点をマーク。レギュラー争いが過熱することで、チーム力アップの兆しが見え始めていた。

 だが、日本代表の活動による約1カ月間の中断期明けの7月6日以降、レギュラーは故障や出場停止といったアクシデントを除いては完全に固定化された。紅白戦や練習試合で好プレーを見せても、選手の序列は変わらなかった。

 フロントにも責任がある。今年1月の新体制発表で、下條佳明チーム統括本部長は「夏の補強も前向きに考えている」と明言。しかし、その夏が来るころには「今のレギュラーは盤石。入るところはない」と話し、新戦力獲得の動きは一時あったものの実現することはなかった。

 戦力の固定化、危機意識の欠如、流れを変えられるような切り札の不在-。それはついに悲劇を生むことになる。11月10日、リーグ第31節の名古屋戦。今季の一つの分岐点だった。

●下降
 大黒柱頼みだった弱みが露呈した。ここまで全試合に出場していたMF中村が胆のう炎で不在になると、攻守に見せ場がないまま、名古屋に1-2で敗れた。代役のMF中町がトップ下で練習したのは、1週間ほど前から。とても間に合わなかった。

 王手をかけた新潟戦、川崎戦もまたこのチームの弱点が出ていた。ゴールマウスに嫌われ続けたFWマルキーニョスに代わるオプションはなく、藤田をまず1番手で交代させる手法もお決まりのものだった。

 バラバラになりかけたチームを何度も決起集会などでまとめてきた中村がシーズン中、話していたことがある。「チームが一つになる瞬間はなかなか味わえない。若い選手、出られない選手も、1年間を通して得るものはいっぱいある。優勝できたらいいんだけど」

 キャプテンが誰よりも待ち望んだ、その瞬間は無念にも訪れなかった。

2013/12/12[カナロコ]V逸の悲劇 横浜M激闘の2013(下)中堅、若手の奮起期待

 「悲しむことはいつでもできる。自分たちには(22日の)天皇杯があるから」。10日に行われたJリーグの年間表彰式。スポットライトを浴びた広島イレブンを見上げながら横浜MのFW斎藤は、勝敗を分けた差を真正面から受け止めていた。

 先発平均年齢が31歳を超えるチームにあって、23歳のドリブラーは希望の星だった。「他のチームだったら主力を張っていないとおかしい年齢。この状況に甘えてはいられない」。2011年の愛媛への期限付き移籍後から、元日本代表のMF中村やDF中沢ら偉大な先輩たちの振る舞いを意識してきたという。

 練習では積極的に中村からのアドバイスに耳を傾け、練習前後の体のケアは中沢やJ1最年長のDFドゥトラを手本にした。今季故障に苦しんできたのは事実だが、「ちゃんとやっていなければ、もっと悪くなっていたかも」と振り返る。

○成長
 7月には日本代表に初選出。一人で状況を打開するドリブルは相手への脅威となり、今季は4得点ながら強烈なインパクトを残した。J屈指のアタッカーへと成長した斎藤は、積み重ねてきた日々が裏切らないことを実感している。

 だからこそ、力を認める同期への思いは募る。J2の北九州で昨季、14得点を記録したFW端戸や、後半戦に台頭した国士舘大卒のルーキーMF佐藤は中学時代から下部組織で一緒にプレーしてきた。「一緒のピッチに立ちたいし、もっとできるはず」と話す。

 自分が特別なわけではないし、練習からアピールを重ね、周囲に認められなければポジションはつかめない-。プロ5年目の生え抜きには、若手がもっと突き上げれば、チームを強くできたという思いがある。

○未来
 来季は、2005年以来の出場となるアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)が控える。過密日程や厳しい環境が待ち受け、今季の主力が年間を通じて活躍できるとは限らない。

 さらに累積16億円超の赤字を抱えるクラブにとって大型補強に乗り出すのは難しい。取り巻く状況を考えると、中堅のさらなる奮起、そして若手の底上げなくしては、10年ぶりのリーグ制覇はまたも夢で終わってしまう。最終節川崎戦で1分間の出場に終わった端戸は自覚している。「自分に力がないから試合に使われなかった。チームを勝利に導けるように成長したい」

 来シーズン、それぞれが胸に抱いた悔しさは晴らせるか。今回の悲劇を笑って振り返られる未来へとするため、名門は再び激闘に向かう。

J SPORTS

2013/12/10[J SPORTS]横浜F・マリノスに何が起こったのか?中盤の進化の途上で得点力不足に陥った

第32節を終えた時点で2位との勝点差を「4」として、圧倒的優位に立っていたはずの横浜F・マリノスが、33節、34節と連敗。サンフレッチェ広島の逆転優勝、2連覇が決まった。いかにも、Jリーグらしい決着だった。

結局最後の2節は、横浜は得点なしに終わった。「8月に浦和に3-0で勝って以来、複数得点がなかった」と樋口靖洋監督。まさに、得点力不足が目に付いた終盤戦だった。一時は、中村俊輔の病気欠場でピンチに立った横浜だったが、幸い中村はすぐに回復し、代表ウィークを挟んでいたこともあり、中村のリーグ戦欠場は1試合ですんだ。しかし、やはりその後の中村はキレを欠いていた。最終日の川崎戦では、中盤の競り合いで中村が川崎の中村(憲剛)にボールを奪われたところから失点し、それが決勝点になってしまった。まさに、中村(俊輔)の不調と不運を象徴したような場面だった。横浜の大躍進を実現させたのも中村俊輔だったし、最後の最後で優勝を逃してしまったのも中村の不調だった。ここまでは、いかにもマスコミが好きそうなストーリーである……。

だが、終盤戦の横浜の失速を中村俊輔一人に背負わせるのは、正確な描写ではない。終盤戦の横浜に何が起こっていたのか。もう少し、深く考えてみたい。今シーズンの横浜の戦いぶりを、一言で言えば「堅守速攻」だった。なにしろ、最終ラインにはおそらく日本代表のDF陣より強力なセンターバック2人、中澤佑二と栗原勇蔵が控えている。そこで跳ね返したボールは、トップ下から自在にポジションを移動する中村俊輔に送られ、ここでタメを作れるから、その間に選手が次々と上がってくる。トップのマルキーニョスもポストプレーがうまいので、ロングボール1本でチャンスが作れる可能性が高いのだ。

また、カウンターから誰かが抜け出すことに成功すれば、相手のDFは後追いで守らなければならず、反則を犯す確率も高くなる。そして、中村俊輔がいる横浜相手にゴールに近いところでFKを与えれば、それは致命的ということになる。あわててCKに逃げても、やはり中村俊輔の球種豊富なCKが飛んでくる。そして、そこにはあのボンバー中澤が待ち受けているのだ。「堅守から速攻」は、横浜の大きな武器だった。

また、今シーズンの横浜のストロングポイントは「攻」から「守」への切り替えの早さだった。前線でボールを奪われた瞬間に前の選手からすぐに守備に入り、高い位置でボールを奪い返すか、あるいは相手の攻撃を遅らせる。これにより、年齢の高い選手が多かったものの、無駄な走りが減ったおかげで、夏場を含めて1年間にわたり運動量が落ちることがなかった。しかも、前線でボールを奪い返すことが、得点にもつながったのである。つまり、ショートカウンターも横浜の大きな武器だったのだ。

ところが、終盤戦の横浜を見ていると、カウンターを繰り出す場面が明らかに減ってきていたこれは具体的データではなく、僕の印象なのだが、おそらくボール支配率という意味ではシーズン前半よりかなり上がっていたはずだ。だがその分、カウンター=速攻が影を潜め、結果として得点力が落ちてしまった。それが、終盤の失速の最大の原因だったのではないだろうか。

ではシーズン後半、なぜカウンター=速攻が減ってしまったのか。それは、横浜というチームの退歩ではなく、むしろ進歩の結果だったように思う。つまり、中盤でそれだけボールを回せるようになってきていたのだ。それは、中村俊輔とともに中盤を構成した中町公祐、富澤清太郎の2人の進歩だった。中町はもともとテクニックのある攻撃的MFである。今シーズンは、その中町が中村俊輔の副官として、バランスをとりながら素晴らしいプレーをした。中村が自由にポジションを変える。それによって生じたスペースに入り込んで攻撃に参加したり、逆に危険なスペースを埋めたりした。

富澤は、もともとDF出身でハードな守備ができるMFとして、横浜の中盤を支えていた。そして、中村、中町とともにプレーするうちに、富澤も中盤で自信を持ってボールを扱えるMFとして大きく成長してきた。これによって、横浜の3人のMFは中盤でしっかりとパスを回せるようになってきたのだ。中村を交えない場合でも、中町と富澤だけでしっかりとパスを回して攻めの形が作れるようになってきていた。これは、当然、悪いことではない。中村の負担を軽くすることができるからだ。

だが、そこがサッカーの難しいところである。中盤が進化し始めたことにより、カウンターに徹する意識が薄れ、その結果「堅守速攻」というチームのコンセプトが揺らいでしまったのだ。中盤でのパス回しはうまくなったものの、パスを回してビルドアップすることにより相手の守備の組織を崩しきるところまで完成度は高くない。パスは回しているが、攻めあぐねている。終盤戦の横浜の試合を見ていると、そんな状態が増えていた。

また、しっかりパスを回すところと、カウンターで速攻をしかけるところを意識的に切り替えることができれば、これも大きな武器になったはずだが、まだそうした自覚はなかったようだ。「もし、来シーズンも同じ陣容で戦うことができれば」という前提で話をすれば、来年は中盤でのパス回しとカウンター=速攻をうまく使い分けるチームを、シーズン当初から作っていけばさらなる進化が実現できるに違いない。

最後は失速してしまったものの、今シーズンの内容は素晴らしいものだった。結果はともかく、今シーズンの主役はやはり横浜F・マリノスと中村俊輔だった。

スポルティーバ

2013/12/11[スポルティーバ]元横浜FM監督・木村和司「俊輔には優勝させてあげたかった」

 2013年Jリーグは、昨季の「王者」サンフレッチェ広島が劇的な逆転優勝を飾ったのぉ。

 最近は、リーグ戦と平行してAFCチャンピオンズリーグを戦うチームは、そのハードスケジュールに苦しめられて、リーグ戦で結果を残すことがなかなかできなかった。まして、サンフレッチェの場合は、主力の森脇良太が浦和レッズに移籍して、昨季よりも戦力的には落ちていたからな。そうした状況にあって、見事に連覇を果たしたというのは、本当に大したもんだよ。十分に評価されるべきだと思うな。

 その要因は、やっぱりチームとしてやるべきことが決まっていて、誰もが自分の役割を理解していたからだろうな。シーズン終盤になって、選手のコンディションが整ってからは、ある程度メンバーを固定して戦えたのも大きいよな。そして、何よりチームがひとつになっていた。監督、選手、スタッフが一丸となって戦っていた。その点に関しては、どのクラブよりも上回っていたんじゃないだろうか。

 一方で、優勝に最も近かった横浜F・マリノスは、土壇場で連敗を喫して涙した。

 最終節の川崎フロンターレ戦もそうだが、”ここ”という大事なところで勝てなかったことが響いた。特に痛かったのは、第33節のアルビレックス新潟戦や。勝てば優勝という状況の中、ホームの日産スタジムには6万人を超えるファンが集まった。歓喜の舞台はしっかりと整っていたわけや。でも、そこで勝てなかった。

 満員の観衆を前にして、余計にプレッシャーを感じてしまったのか、選手たちの動きは硬かったな。自分たちのサッカーを実践できず、逆にアルビレックスに隙を与えてしまった。

 結局、F・マリノスは「持ってない」チームだったんだろうな。「持っている」チームであれば、大事なところで点を取れるし、結果も出せるはず。シーズン34試合のうち、たった1試合の話だけど、すごく重要な一戦だった。それも、あれだけ最高の舞台が整っていたのに……。そこで結果を出せないんだから、やっぱり「持ってなかった」んだと思うな。

 まあでも、シーズンを通して振り返ってみれば、よくがんばったと思う。スタメンの平均年齢は30歳を越えていて、11人のうち、35歳以上の選手が4人もいた。夏場を迎える前には、「スタミナが心配」「いつか落ちるだろう」と言われながらも、その厳しい夏を乗り越えて、最後まで優勝争いを演じた。ベテランの奮闘ぶりには、頭が下がる思いだったよ。

 なかでも、際立っていたのは、中村俊輔だ。コンディションが良かったのもあるけど、彼が自身のプレイで高い意識を示して、チームを引っ張っていたよな。攻撃では、まさに俊輔が中心だった。組み立ての際は、ボールがほとんど俊輔を経由して、決定機のほとんどが俊輔のパスから生まれていた。

 もちろん、周囲のサポートも大きかった。とりわけ、ボランチの中町公祐と富澤清太郎がいい働きを見せていたな。彼らが最終ラインと前線とのつなぎ役を果たすことで、俊輔が下がってボールを受けることが減った。その分、体力的な消耗も少なく、俊輔はフィニッシュでも力を発揮できるようになった。だから、得点数も増えたんだと思う。

 さらに、前線の齋藤学、マルキーニョスの存在も大きかった。あそこでボールが収まるから、俊輔が前を向いてプレイすることができた。おかげで、簡単にボールをはたくところはたいて、仕掛けるところは仕掛けていく、といったメリハリのある攻撃が実践できていたよな。

 また、俊輔の活躍で忘れてはならないのが、守備。彼がスライディングして、体を投げ出して守備をするシーンを何度見たことか。ときには、自陣ゴール前まで帰ってきて、ディフェンスすることもあった。そんな俊輔の奮闘ぶりを見たら、他の選手もやらないわけにはいかんやろ。

 そういう意味では、俊輔のそうした姿を見て、刺激を受ける若手選手がなぜ出てこなかったのか。本来、レギュラーを脅かすような、活きのいい選手がもっと出てきてもよかった。ひとりでも、ふたりでも、そういう選手が出てきていれば、違った結果になっていたかもしれない。

 ともあれ、今季の俊輔は本当に素晴らしかった。間違いなくMVPだと思うよ。俊輔自身、F・マリノスで初めての優勝をしたかったと思う。その気持ちは相当強かったはず。それだけに、勝たせてあげたかったな。最終戦のあと、ピッチに倒れ込むほどにがんばってきたんだからな。35歳やで。ほんと、優勝させてあげたかった。

nikkei BPnet

2013/12/09[nikkei BPnet]大逆転負けで優勝を逃した横浜F・マリノス、敗因は「考えすぎ」

 12月7日の等々力陸上競技場(川崎市中原区)。チームリーダーの中村俊輔が、倒れ込んで号泣する。

 他の多くのプレーヤーも、試合が終わった瞬間、ピッチにうずくまって動くことができなかった。

–最後の最後に大逆転のドラマ

 最後の2試合(11月30日、12月7日)で、1つでも勝てば横浜F・マリノスは9年ぶりの優勝を手にするはずだった。それが……。

 スポーツは、やはり怖い。

 勝ちたい、勝たなければ……と思った瞬間から何かが変わってしまう。そこにあるのは、心をマネジメントすることの難しさだ。

 今シーズンのJリーグは、最後の最後に大逆転のドラマが待っていた。

 2試合を残して、首位をゆく横浜F・マリノスが2位のサンフレッチェ広島に勝ち点5の差でリードしていた。それぞれが引き分けになった場合など条件はさまざまあったが、それでも横浜が圧倒的に有利な状況だった。

 何しろ2試合で1勝すればそれで優勝が決まるのだから、追いかける広島にとっては横浜に勝たれたら何もすることができない。横浜の敗戦を待って、とにかく勝つ以外になかったのだ。しかし、両者のその気持ちの違いに勝負の難しさが潜んでいたのだろう。

–「考えすぎて、体が動かなかった」

 横浜はアルビレックス新潟と川崎フロンターレに連敗し、追いかけていた広島は、湘南ベルマーレと鹿島アントラーズに連勝して、ミラクルな逆転優勝を果たしたのだ。

 追いかける広島には雑念がない。

 自分たちに出来ることは、とにかく残り2戦に勝つ以外にない。相手がどこであろうと負けた瞬間に優勝への道は閉ざされてしまう。チームの置かれた状況は実にシンプルだった。

 一方の横浜も、やるべきことは同じだったはずだ。残り2戦で、とにかく1つ勝てばいいのだ。

 ところが、2試合で1勝すればいい……という好条件こそ、実は難しい。

 なぜならば、そこには勝敗をめぐる状況(相手との関係性)をいろいろと考えてしまう要素が大きくあるからだ。

 新潟戦で負けた直後、試合を振り返って中村俊輔が期せずして言った。

「考えすぎて、体が動かなかった」

 そうなのだ。我々の体は、意識が働きすぎたり、考えすぎたりすると、それまで普通にできていたことが急にできなくなったりするのだ。

–「力ないし、不甲斐なし、残念な気持ちしかない」

 横浜は、今シーズンのJリーグで一度も連敗のないチームだった。それが、一番大事なところで連敗してしまう。

 これはもう、考えすぎからくる「チョーキング」以外の何者でもないだろう。

「チョーキング」とは、意識が強く働きすぎて、それが自分たちの首を絞めてしまう状態。その結果、体や動きが硬くなっていつものようなプレーができなくなることだ。おそらく横浜は、優勝を意識しすぎてチーム全体が「チョーキング」のような状態になってしまったのだろう。

 連敗した川崎F戦後に、中村俊輔は言っている。

「サッカー人生で一番苦しい2週間だった。キャプテンだし、大事な試合に向けて自分以外のことにも頭を使った。一番パワーを使ったかな」

 気になることは、彼が「自分以外のことにも頭を使った」と振り返っていることだ。キャプテンとして、こうも言っている。

「力ないし、不甲斐なし、残念な気持ちしかない」

–考えないようにすることを考える

 いずれも、中村のキャプテンとしての責任感が伝わってくるコメントだ。そんな中村を責める気持ちは毛頭ない。彼は、誰よりも優勝を求め、その責任を果たそうとしたのだ。

 チームは、長いあいだ優勝から遠ざかっている。35歳という年齢も、中村にこの優勝をより求めさせたに違いない。しかし、スポーツはいつでもそこに落とし穴がある。

 スポーツ選手の心理状態を分析している友人の研究者は言う。

「大事な場面では、必要以上に考えないように……ということを意識して考えなければいけない」

 まるで禅問答のようなロジックだが、ここに考えるべきポイントがある。あることを考えすぎたり、意識しすぎたりすると、思うように力が発揮できない。だから、大事な場面を迎えたら、できるだけ考えないようにすることを考えなければいけないのだ。

 口で言えば簡単な話だが、それを実践するとなると極めて難しい。しかし、だからこそスポーツは面白いのだ。

–仕事や日常にもヒントになる心と体のサイエンス

 スポーツは、お互いの技術だけで戦っているわけではない。さまざまな心理が絡み合って試合の流れが生まれる。

 戦いは、考えなければ勝てない。相手を研究し、できる準備をしっかりとする。しかし、求める結果を意識しすぎると体は思うように動かなくなる。この心のバランスが、勝負の行方を大きく左右する。

 無心の広島が優勝を拾って、どこよりも熱く優勝を求めた横浜が辛酸をなめる。我々の仕事や日常にもヒントになる心と体のサイエンスを目の当たりにした気がする。


2013/12/13[Number Web]俊輔と憲剛、2人の“勝負強さ”観。J最終節の明暗の続きは、天皇杯へ。

 リーグ最終節につきものの光景とはいえ、歓喜と悲嘆のコントラストには胸詰まるものがある。

 等々力で行なわれた川崎フロンターレvs.横浜F・マリノス戦。この日は3人の流した涙が印象的だった。

 勝者となった川崎のふたりが見せたのは、必ずしも歓喜によるものではない。

 得点王のタイトルを手にした大久保嘉人は亡き父を思って言葉を詰まらせ、中村憲剛は今季限りでスパイクを置く盟友、伊藤宏樹を思い、こみ上げてくるものを押さえることができなかった。

 ともに試合後のインタビューでこぼれた涙。照れ隠しなのか、必死に笑顔で取り繕おうとする姿に心が大いに動かされた。

–神様は、中村俊輔にどれだけの試練を与えるのだろう。

 一方横浜の中村俊輔は、試合終了を告げるホイッスルが鳴った瞬間、その場に崩れ落ち、しばらく立ち上がることができなかった。

 彼をずっと追いかけてきた記者たちと比べたら、試合を見たり、インタビューをした機会ははるかに少ない。それでも、ピッチに突っ伏して悔しがる姿を見ていたら、日韓W杯や南アフリカW杯など、過去のいろんな情景が脳裏に浮かび上がってきた。

 サッカーの神様は、この選手にいったいどれだけの試練を与えるのだろう――。そう思わずにはいられなかった。

 それまで連敗したことのなかったチームが、最後の2試合を続けて落とす。ホームで6万人以上の後押しを受けながら、アルビレックス新潟に0-2で完敗すると、最終節でも川崎に0-1で敗れて首位から転げ落ちた物語は、あまりに悲劇的だった。

 意外だったのは「残り数試合で後ろから追いかけられる」展開を、中村俊輔が「そういうのは初めて」と明かしたことである。

 言われてみれば、横浜で2000年のファーストステージを制したときは最終節での逆転だったし、’01年の戴冠はカップ戦でのものだった。セルティック時代の’05-’06、’06-’07シーズンはスコットランドリーグを独走し、’07-’08シーズンはライバルの失速で、残り4節で追い抜いて掴んだ栄冠だった。

–35歳の25番は、常にチームの中心にいた。

 彼ほどのキャリアをもってしても「初めて」ということに驚くと同時に、これだけ経験豊富な選手が「この2週間は苦しかった」と言うのだから、追われる立場のプレッシャーがいかに大きいものか、思い知らされた。

 今季の横浜をけん引してきたのが中村俊輔であることに疑いの余地はないだろう。

 トップ下に君臨する背番号25が味方の足もとにパスをぴたりと合わせ、自らもキャリアハイとなる10ゴールを叩き込んだ。

 周りの選手たちも“王様”をより一層輝かせた。中村俊輔が攻撃を組み立てるために下がってくれば、ボランチの中町公祐が上がり、右サイドに流れてボールをキープすれば、兵藤慎剛が中央に潜り込む。前線のマルキーニョスは裏を狙い、逆サイドではドリブルで仕掛けられる齋藤学がサイドチェンジのパスを待っていた。「中村俊輔を生かすための仕組み」は素晴らしく機能していた。

 もっとも、そうした攻撃面のオートマチズムと同じくらい大きな武器だったのが、攻撃から守備へと移る意識と寄せの素早さだ。

 それを率先して実行していたのが35歳の背番号25だった。ベテランのそうした姿を目にして、それより若い選手が奮起しないわけがない。チーム全体から嗅ぎ取れる切り替えの意識とハードワーク――。それがマリノス躍進の原動力のように見えていた。

–追われる立場の重圧が、横浜から“獰猛さ”を奪ったのか。

 ところが新潟戦でも、川崎戦でも、目についたのは相手のボール奪取力のほうだった。ボール狩りに対する“獰猛さ”を奪ったものこそ、追われる立場のプレッシャーだったのかもしれない。

「勝たなきゃいけないところで勝てないのは、どこか勝負弱い部分があるから」

 中村俊輔の発した言葉は、重く響いた。

 勝負強さに関して言えば、川崎にとっても他人事ではないだろう。

 これまでの川崎はリーグ2位が3回、ナビスコ準優勝も3回と、あと一歩のところまで迫りながら、タイトルを手中にしていない。

–「タイトルってどうやって獲るんだろう」

 浦和レッズと戦った今季のナビスコカップ準決勝も、第1戦を3-2で制しながら、アウェーの第2戦でパスをつなげず押し込まれ、ここ一番での勝負弱さを露呈してしまう。試合後には前線で孤立した大久保が「どうしてビビってしまうのか。どうして普段やれることができなくなってしまうのか」と語気を強めた。

 6度の“準優勝”のうち5度を経験している中村憲剛はかつて、こう呟いたことがある。

「タイトルってどうやって獲るんだろう。もし最初のうちに1回獲れていたら、2、3個獲れていたんじゃないかっていう気もする」

 自分たちが明らかに劣っているなら諦めもつく。だが、決してそうは思えないだけに悔しく、無念で、歯がゆくもある。コツがあるなら教えてほしい――。そんな心の叫びが聞こえてくるようだった。

–鹿島に移籍したジュニーニョが語った違いとは。

 その中村憲剛と同じ’03年に川崎に加入し、昨季の鹿島アントラーズ移籍後、ナビスコカップ優勝を経験したジュニーニョは、両者の違いについてこんな風に話している。

「チーム力に差があるとは思えない。でも、昨年感じたのは、鹿島はタイトルの懸かった試合でも平常心で臨めるということ。

 力むでも、緊張しすぎるでもなく、普段通りの戦いができるというのかな。そうした戦いに慣れているんだ。それが歴史や伝統なのかもしれないけれど、ただ、どのチームにも『初めて』があるわけで、それを自信にして、一つひとつタイトルを積み上げていくもの。川崎にも必ず最初の一回が来るはずだよ」

 一度、自らの殻を破れば、本物の自信と経験を得て、突き抜けていける――。だとしたら、川崎は過去何度かあった「殻を破るチャンス」を今、再び迎えているかもしれない。横浜戦のあと、中村憲剛が力を込めて言った。

「今日のようなビッグマッチを経験できたのは大きい。なおかつ1-0で勝ち切れた。それも2試合連続で。ラスト3試合、浦和や大分、横浜といった、気持ちでぶつかってくる相手に勝てたことは、選手一人ひとりの経験値になると思うし、終盤戦にきて勝負強さがすごく身に付いてきていると感じる」

–双方が勝ちあがれば、天皇杯準決勝で再戦する。

 川崎と違って初めてというわけではないが、タイトルから9シーズン見放されている横浜にとっても、この悲劇は、捉え方一つで大きなきっかけになる。

「今は何も考えられない」と口にする選手がいるなかで、中村俊輔は気丈に言った。

「全部ネガティブに捉えても仕方ない。2位で終われたと考えるか、優勝を逃したと考えるか。2位で終われたのは悪くないし、上位陣には全部勝っている(サンフレッチェ広島と浦和に2戦2勝)。そういうのを各々がどう感じて今後をいかに過ごすか。それは統一させなければいけない。自分の頭の中では整理できている。あとは、気持よく天皇杯に向かいたい」

 これまでも挫折を成長の糧にしてきた彼ならではの言葉だった。

 両エースの言葉を聞いて、天皇杯が俄然、楽しみになってきた。横浜と川崎。両者が無事に準々決勝を突破すれば、準決勝で再び顔を合わせることになる。

現代ビジネス

2013/12/11[現代ビジネス][裏方NAVI]篠田洋介(横浜F・マリノスフィジカルコーチ)<前編>「“おっさん軍団”強さのワケ」

 中村俊輔35歳、中澤佑二35歳、マルキーニョス37歳、ドゥトラ40歳――今シーズンの横浜F・マリノスは、主力メンバーに35歳以上の選手が4人と、J1の全18チームの中で最も主力の平均年齢が高かった。いつのまにかつけられた愛称は“おっさん軍団”。正直、「1シーズンもつのか」という見方もあったことは否めない。ところが、“オーバー35”の4人はそろって、シーズンを通してほとんど休むことなく、フル出場。その甲斐あって、今シーズンのF・マリノスは、ほぼ固定したメンバーで安定した力を発揮した。果たして“おっさん軍団”を支えたものとは何だったのか――。

「いい意味で、大人のチームでしたね」
 そう語るのは、2003年からF・マリノスの選手をサポートし続けてきたフィジカルコーチの篠田洋介だ。
「俊(中村)、ボンバー(中澤)、マルキ、ドゥトラの4人をはじめ、主力には経験年数の高い選手がそろっていました。彼らは自己管理能力が非常に高い。こちらから『これをやりなさい』『あれをやりなさい』と指示を出さなくても、自分に何が必要かがわかっているんです。よくベテランと言われる選手たちがここまでフル出場できるのは、何か特別なトレーニングをしているからではないか、と聞かれるのですが、チームとしてフィジカルトレーニングは特にはやっていないんです。練習以外のところで個人個人が、それぞれの目的をもって、きちんとトレーニングをしてくれている。それが今シーズンの結果につながったのだと思います」

 今シーズンのF・マリノスの強さは、ベテランだけに限ったことではない。主力メンバーのうち、ケガで長期離脱する選手は一人も出なかった。これもシーズンを通して力を発揮し続けた大きな要因のひとつであることは言を俟たない。とはいえ、昨シーズンまでと今シーズンとで、大幅にトレーニングを変更したことはないという。ただひとつ、工夫したことをあげれば、練習前のウォーミングアップだ。

 昨シーズンまで、篠田は練習時のウォーミングアップにボールを使ったパス回しなどのメニューを入れていた。だが、今シーズンはウォーミングアップでは一切、ボールを使っていない。その理由を篠田はこう語っている。
「実は、昨シーズンは捻挫をする選手が結構多かったんです。そこで、今シーズンはボールを使った練習をする前の身体づくりを集中してやろうと。ケガをせずに、きちんと練習に参加できるようにしたいということで、ウォーミングアップではボールを使わずに、筋肉と神経系をしっかりと刺激させることに集中させました。ボールとは切り離して、身体づくりというところに特化させたんです」

 ほぼ毎日、足のステップワークなどのメニューを入れ、さらには肉離れを起こしやすいハムストリングにしっかりと刺激を与える屈伸運動にも時間を費やした。「それが理由かどうかはわからない」と篠田は言うものの、少なからず影響があったことは確かだろう。篠田によれば、チーム全体のケガの総数は、昨シーズンまでとそれほど変化はないのだという。激しい接触プレーの連続であるサッカーという競技において、それは致し方ないことかもしれない。だが、ケガの重症度合いという面から見れば、長期離脱する選手が主力から一人も出なかったという結果が、ウォーミングアップの重要性を如実に表している。

 フィジカルコーチの篠田にとって、最も重視しているのは「ケガをしない身体づくり」だ。その理由は「練習できるか否かで、コンディションは変わる」からだ。
「ケガをしなければ、しっかりと練習に参加することができます。だからこそ、試合にも出場することができる。これがいいコンディションをキープし続けるひとつの要因となるんです」

 それを証明しているのが、中村のこんなエピソードだ。実は、今シーズンの開幕前、中村は驚きの言葉を口にしていた。「この間、体力テストをやったら、乳酸値の値が20代の頃とまったく変わっていなかったんです」だが、篠田によれば、これは何ら驚くことではないという。

「乳酸が早く出てしまうと、疲労で身体が動かない状態になってしまう。つまり、スタミナ面で大きくかかわるものなのですが、一般の人であれば、年齢に左右されることが多いですよね。でも、俊のようにプロの第一線で活躍している選手は、日々のトレーニングをしっかりとやっていますから、年齢が上がったからといって、たいして変わらないものなんです。年齢よりも大事なのは、練習すること、そして試合に出続けることなんです」

 以前、中村の乳酸値が早いうちに高く出ていたことがある。それは、海外からの帰国直後のことだ。スコットランドのセルティックFCで華々しい活躍を見せた中村は、09-10年シーズン、スペインのRCDエスパニョールに移籍した。しかし、あまり出場機会には恵まれず、翌シーズンに古巣のF・マリノスに復帰。この時、中村は32歳。年齢だけを考えれば、35歳の今よりもスタミナはあっても何ら不思議ではない。だが、実際は違った。F・マリノスに復帰して1年目、体力テストをすると、海外に移籍する前の状態からガクンと下がっていたという。

「もちろん、トレーニングはやっていたはずです。でも、試合には出ていなかったことが大きく影響していたと思うんです。サッカーは90分間、動き続ける競技です。だからこそ、試合で身体が鍛えられる部分は少なくありません。今は練習も試合も、きちんとこなしている。だからこそ、海外に移籍する前の20代の頃と変わらない有酸素能力を保つことができているんです」
 練習、試合を休まないこと。そのためにはケガをしないこと。つまり「ケガをしない身体づくり」が、コンディショニングには最重要テーマとなる。そして、それこそがチームの力を最大限に発揮する要因となるのだ。

「僕らはプロですから、勝つことが最大の目的。そのためには、各々の選手のパフォーマンスを上げて、ゲームの日に最高の状態にもっていくことができるか、が重要です。ところが、ケガをしてしまえば、試合はもちろん、練習にしっかりと参加することもできませんから、勝つための準備をすることができません」ケガをしない身体づくりが、ひいては勝利につながる――。今シーズンのF・マリノスが、まさに証明している。

2013/12/26[現代ビジネス][裏方NAVI]篠田洋介(横浜F・マリノスフィジカルコーチ)<後編>「チーム力を生んだ“個”のコンディショニング」

 栄光の裏には、必ずそれを支える裏方がいる――12月10日、Jリーグアウォーズで横浜F・マリノスの中村俊輔がMVPを受賞した。2度目の選出は史上初の快挙。さらに35歳での受賞は史上最高齢だ。自己最多の10ゴールをマークし、キャプテンとしてチームを牽引したことが高く評価されての選出だった。35歳にしてなお、高いパフォーマンスを維持し、輝きを放った中村。彼は授賞式の後のミックスゾーンでこう語っている。
「いいシーズンを送ることができたのは、チームメイトもそうですし、優秀なスタッフがいたからこそ。試合後、クラブハウスに戻ってから、プールに入って、ストレッチして、(ジムの)バイクを漕いで、交代浴して……それらが終わるのを1時間以上も待ってくれているスタッフがいる。そういう温かい人たちに囲まれた環境でできたことが、いいプレーができた一番の要因だったと感謝しています」

–夏バテ防止は“好きなものを食べる”こと

 コンディショニングをサポートするフィジカルコーチの篠田洋介は、各選手の些細な変化も見逃さないようにしている。そこで、大事にしているのが選手とのコミュニケーションだ。そのツールのひとつとして活用しているのが、毎日の体重測定の結果だという。
「体重の増減は、コンディションの良し悪しを見るのにとてもいいバロメーターになるんです。体重が増えたり減ったりするということは、やはりそこには何かしらの原因がある。特に痩せた場合は、しっかりと栄養摂取ができていなかったり、疲労がたまっていたり、といった身体に何か異常があるということも十分に考えられます。そこで、体重に変化があった時は、『体調、悪いの?』『疲れがとれていないんじゃないの?』と声掛けをしていくんです。そうすると、『実は……』と選手も話してくれる。もし、それでどこかケガをしていたり、体調がすぐれないのであれば、練習の時間や量を調整すれば、未然にケガを防ぐことができるんです」

 また今シーズン、レギュラー全員が長期離脱するような大きなケガや病気なく、シーズンを通して高いパフォーマンスをキープできた要因のひとつとして、篠田は夏場の体重維持を挙げている。開幕前、周囲からは「ベテランが多いし、夏バテするのでは?」という声もあった。だが、“おっさん軍団”は夏にパフォーマンスが低下することはなく、難なく乗り切ってみせたのだ。背景には、篠田が選手たちにかけた、ちょっとした言葉があった。

「これまでは猛暑が続くと、食欲がなくなったり、夜眠れなくなったりして、毎年のように体重が落ちてしまう選手が出てきていたんです。そこで僕は今年の夏、管理栄養士とも相談して、選手たちにこう言いました。『とにかく好きなものを食べてくれ』と。プロである彼らは、ふだん栄養のバランスや体脂肪のことを気にしながら、食事を摂っています。だからこそ、脂肪分の多いものを控えたり、甘いものを我慢したりと、自分の好きなものばかりを食べている選手はほとんどいません。でも、食欲がなくて体重が減ってしまうくらいなら、少しくらい栄養に偏りがあっても、ラーメンでも焼き肉でも、食べられるものを食べて、体重を落とさないでくれ、と言ったんです」

 今シーズン、7~9月のJリーグ公式戦の戦績を見ると、横浜F・マリノスは7勝3敗4分。主力は誰ひとり欠けることはなく、8月17日の第21節で14試合ぶりに首位に返り咲くと、それ以降は優勝争いの中心となった。

 篠田は「僕の言葉を聞いて、選手自身が実際にどうしたか、細かいところまではわかりません」としながらも、「例年とは逆に、今年の夏は体重が増えた選手の方が多かった」と語る。
「スポーツ選手にとって、体重が増えることはあまり良しとはされていませんが、僕は減るよりも増えた方がいいと思うんです。特に、サッカーはあれだけ動くわけですからね。体重が減るということは、単純にエネルギーが少なくなるということ。それでは、キレのある動きはできませんし、何よりケガにもつながります」
 篠田の声掛けが、夏場のパフォーマンスを維持するひとつの要因となったことは間違いない。

 今季のF・マリノスを篠田は「大人のチームだった」と語る。中村、中澤佑二、マルキーニョス、ドゥトラといった“オーバー35”の4人を筆頭に、主力には経験豊富なベテランが多かった。彼らは皆、自分には何が必要なのかを理解している。そのため、コーチやトレーナーからの指示待ちではなく、自ら行動を起こす。アドバイスを求めるにしても「こういうことをやりたい」「この部分を高めたい」と、具体的なのだ。そんな彼らの姿を見て刺激を受けた若手の成長もまた、今シーズンの強さのひとつだった。

 F・マリノスの練習は、主に午前10時から始まる。8時半、横浜市内にあるクラブハウスに最も早く姿を現すのは、決まって中澤か31歳の富澤清太郎だ。
「ボンバー(中澤)は、移籍当初から誰よりも早くクラブハウスに来ますね。練習のだいたい1時間半ほど前には来て、準備をするんです。カンペー(富澤)が早く来るようになったのは、昨年の後半くらいからだったと思います。おそらくボンバーらを見て、影響を受けたんでしょうね」

 中村やドゥトラ、マルキーニョスらも、練習前には必ず自分に必要な準備をする。
「俊は8時半から9時くらいには来て、プールで身体をほぐしたりしていますし、ドゥトラにしてもマルキにしても、週末のゲームに合わせて、筋力トレーニングをして、ある程度身体をつくってから練習に入るんです」

 毎日の地道な積み重ねによってコンディションを維持し、試合で高いパフォーマンスを披露するベテランの存在は、若手の成長をも促した。これまで練習前は特に何もしていなかった若手選手がストレッチやジョギングなどをする姿が多く見受けられるようになったのだ。
「ベテランの背中を見て、若手も『自分もやらなくちゃ』と感じた部分はあったと思います。もちろん、最初からどんなトレーニングをやればいいのかなんて、わからないもの。『何をすればいい?』というところから始まるのですが、それでも自主的であることに変わりはありません。大事なのはやらされているのではなく、自分からしようとすること。最初はアドバイスを受けながらでも、積み重ねの中で自分には何が必要かがわかってきますから」

 結果的にF・マリノスは最後の最後に優勝を逃してしまった。川崎フロンターレとの最終戦、ゲームセットのホイッスルが等々力陸上競技場に鳴り響くと、中村はその場で崩れ落ちた。四つん這いになったまま、身動きひとつしない中村の姿は、多くのサポーターの目に焼き付いたことだろう。プロの世界は結果が全てだ。そう考えれば、9年ぶりの優勝まで1勝と迫りながらの最後の連敗は“詰めの甘さ”と言われても仕方がない。

 だが、今シーズンのJリーグを盛り上げた要因のひとつは、“おっさん軍団”の躍進だったこともまた事実だ。さらに言えば、彼らの活躍に刺激を受けた者も少なくはなかったはずだ。同世代には可能性を、そして若手には向上心を与えたのではないか。その“おっさん軍団”を支えてきたひとり、篠田はこう語る。
「今シーズンはチームというよりも、個人個人できちんとコンディショニングができた。それが大きかったのだと思います」
 ひとりひとりがプロであることを自覚し、責任感をもち、自主的に行動してこそ、チームとしての強さが引き出される。“おっさん軍団”の強さはそこにあったのだ。

 
 

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