夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノスまとめ(2020/6/17) #fmarinos

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夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノス(まとめ)

(´-`).o0(2020/6/17(水)パギの骨折。「手」ということは「指」ではないのかな?)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Instagram
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

2020/06/16 パク イルギュ選手の負傷について | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(6/15に負傷。右手骨折、全治2ヶ月)

2020/06/16 「STAY STRONG TOGETHER」無観客試合特別企画のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(「リモートマッチ」とは言わない、我がクラブ)

2020/06/17 6月20日(土)新商品発売のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(タオマフは無し(定点 )
 
 

今日の練見(れんみ)

(´-`).o0(非公開練習)
 
 

Twitter / Instagram


 
 

Webニュースログ

2020/06/17 マリノスにベルギーから出戻って。天野純「死ぬまで絶対に忘れない」 – Jリーグ – Number Web – ナンバー

text by 二宮寿朗

 その海外挑戦は成功なのか、失敗なのか――。

 活躍できなかったり、試合に出られなかったり、挑戦の旅が長く続かなかったり。ならば失敗なのか。いや、答えはノーだ。「違う」という意味ではなく「まだ失敗と決めつけることはできない」からだ。

 海外で活躍できなくとも、試合に出られなくとも、挑戦の旅が続かなくとも。キャリアのなかで「あの経験が自分に大きかった」と飛躍の起点にしてしまえばいい。

 失敗は成功のもと。もとい、失敗にしないための意地の成功。

 その気持ちを強く持たなくして、失敗につながりかねないドットを成功に結びつけるラインに転換させることはきっとできない。

 J1再開に向けて、気持ちを高ぶらせている男がいる。ベルギー2部ロケレンに渡ってわずか9カ月で帰国しなければならなかった横浜F・マリノスの天野純である。

— 背番号は「10」からサンキューへ。

 コロナ禍によってリーグが打ち切りになり、クラブは裁判所から破産宣告を受けてライセンスも取り消された。天野は欧州内移籍を模索したものの、先行きの見通しが立たない状況から進まなかった。

 アンジェ・ポステコグルー監督とも話し合いの場を持った。

「ジュンが欧州で上を目指したいという気持ちは理解できる。そこから切り替えて、再び日本で戦えるのか。俺はそこを心配している。切り替えられるなら大歓迎だ」

 天野は強い口調で言った。

「切り替えます」

 5月下旬、レンタルバックが正式に発表された。背番号は昨シーズンの「10」ではなく、チームへの感謝の意味も含めて「39」。サンキューという響きは軽く聞こえるかもしれないが、彼が抱えている思いはあまりにも重い。

— 欧州に行くには遅すぎるかもしれないが……。
 2019年7月、彼は5年半プレーしたクラブを離れる決断をした。

 背番号10、そして3人制キャプテンの一人。試合前、ロッカールームでの円陣、「行くぞ!」の掛け声に力を込め、チームメイトと優勝に向けて気持ちを一致させてきた自分がその輪を飛び出していくのだから、罪悪感すらあったことは想像に難くない。

「あのときですか? 相当悩んだことは事実です。でも海外でプレーすることは、昔からの夢でした。実力のある人なら、すぐに行けるんでしょうけど、僕の場合は下積みの時間もあってようやく(話が)来て……あきらめたくはなかったんです、自分の夢を」

 28歳になる直前。欧州に行くには遅すぎるかもしれないが、悩みを断ち切ってでも行くしかない。

 最終的に「昔からの夢」が、自分の背中を押し切った。

–「相手の動きが遅いと感じた」
 ロケレンは1部から2部に降格し、スタイルも「つなぐ」から「蹴る」に変わっていく過渡期にあった。

 チームに合流しても、最初はパスが回ってこなかったという。

 認められてないなら、認めさせてやればいい。合流2日後に1部中堅チームとの練習試合が組まれ、途中出場した天野はアシストを記録している。

「得点かアシスト、どっちかはしなきゃいけないなって覚悟を持ってやりました。いいプレーができたなって思えたし、そこからチームにも監督にも認められた感じはありました。パスも回ってくるようになりましたね」

 最初の練習試合には2つの目的があった。1つは結果を残して信頼を得ること、もう1つは体づくりの指針を決めること。

「相手と体をぶつけ合ったときに、重さをあまり感じなかった。これくらいなら今までやってきたように体幹を鍛えていけばいいと思いました。

 あとターンとか一瞬のスピードで剥がすところは通用するな、と。やはり(Jリーグと比べて)相手の動きが遅いと感じたところがありましたから」

— 「ボールを下げるっていう概念自体があまりない」
 日本のときより体脂肪を減らして体重を落とし、キレで勝負するベルギー仕様の肉体を意識する。妻に炭水化物をなるべく減らす食事をリクエストし、引き続き体幹トレーニングには力を入れた。

「思ったよりもレベルが高いと感じた」

 ベルギー2部。チームではサイドハーフのポジションを与えられ、レギュラーの座をつかむ。ここまでは良かったが、中盤を省略するスタイルにアジャストできない悩みが膨らんでいくことになる。

「後ろに下がってボールを引き出してから前にって中継役をやろうとしたんですけど、前に出してもつながらないんで、やるだけ損だなって。

 ボールを下げるっていう概念自体があまりない。もうちょっと自分たちでボールを持つ時間を長くしたほうがいいとバックパスしても、そこはまったく求められないところ。どうすればいいか整理するまでに何カ月も掛かりました」

 チームとして結果が出ない。勝ち切れない試合が多く、内容も手応えをつかみにくい。持ち味である技術力も発揮できない。

— 「最初の数カ月は完全に“メンタル修行”」
「最初の数カ月は完全に“メンタル修行”でした。勝てないし、自分のプレーがまったくできない。何のために俺はここに来たんだ、こういうパフォーマンスをするために俺はここに来たのかってずっと自分に問い掛けていたような感じでした」

 天野はそう言って、深いため息をついた。
 
 慣れるまでに多少なりとも時間が掛かることを想定しなかったわけではない。

 それなのに焦っていた。焦りが自分を余計に追い詰めていた。

「28歳でベルギー2部に来て、ここから欧州で上がっていくには時間がないんです。自分の実力を認めてもらうには試合で活躍していかないといけないし、スピード感を持ってアピールしていかなきゃいけない。そのもどかしさというのは今までに経験したことのないものでした」

–強いマリノスに「複雑なところもありました」。
 1部に昇格したい。活躍して自分の実力を証明したい。試合には出ているのに、チームも自分もうまく回っていかない。

 最初にうまくいかないのは彼のサッカー人生においてもそうだった。F・マリノスのジュニアユースでもユースでも、そして順天堂大を卒業してプロになってからも。

 経験則からも、乗り越えていける自信はある。しかし今回はスピード感が伴わなければならなかった。夢の入口がすぐに出口につながってしまわないように。

 海の向こうでは、自分のいなくなったF・マリノスが優勝に向かって勢いをつけていた。勝利の報を喜ぶ一方で、焦りともどかしさが上乗せされていく感覚だった。

「もちろん純粋に応援はしていました、ただ、俺がいなくなってメチャクチャ強くなっていくわけなので、複雑なところもありましたよ。F・マリノスのみんなは気持ち良くサッカーして勝っているのに、俺は勝てないし一体何してんだよって」

 オフの日に気分転換のために欧州を旅行したところで、「考えてしまうのはサッカーのこと」。

 誰かが言ったのを思い起こした。サッカーでの悔しさは、サッカーでしか晴らせない。本当にそうだと思えた。

–クラブの資金難に続きコロナ禍で……。
 11月下旬には監督交代によってポジションもサイドからボランチ、トップ下の中央に移った。

 それを機に悩みは次第に萎んでいく。割り切って前に出ていき、前にパスを出していく。後ろという選択肢の割合をグンと減らした。得点シーンに絡み、チームもようやく浮上のきっかけをつかむ。

 シーズン後半、ここから「スピード感を持ったアピール」をしていくことができると思った。

 その矢先――。

 今年1月、クラブの資金難が表面化して、給料の未払いに怒った選手たちによる練習ボイコットも起こった。

 それでも天野はモチベーションを落とさなかったという。新型コロナウイルス感染拡大によって2月を最後にリーグはストップ、そしてクラブの破産宣告……結局サッカーでの悔しさをサッカーで晴らせないまま帰国せざるを得なかった。

— 「死ぬまで絶対に忘れない」
「引き続き欧州でプレーすることしか考えていませんでした。代理人には欧州とコンタクトを取ってもらっていましたけど、コロナの影響もあって見通しが立たない。

 この自分の難しい状況を理解してくれたうえで迎え入れてくれたF・マリノスには感謝という言葉以外ありません。

 ただ、心にあるのは悔しいという思い。死ぬまで絶対に忘れないと思います、この悔しさは」

 死ぬまで絶対に忘れない。

 その言葉が、何度も筆者の頭のなかで反芻される。重い決断で飛び出し、苦悩し、重い決断で再び戻ってくる。ようやく見えた光に手を伸ばそうとしても、もはや届かない。どれほど無念だったかは硬い顔つきが語っている。

 彼は切り替えようとしている。それこそ必死に。

— 「サッカーを楽しむことが重要なんじゃないか」
「ベルギーに行くまでは周りを見て前と後ろに対する意識が6対4くらいだったんですけど、今ではもう8対2くらい。常に前を見るようになったし、自分でも前に運んでいけるし、前への選択肢が凄く増えました。

 ただ(何を得たのか)言うよりも、プレーで見せていくしかない。活躍していくしかない。それと……」

 引き締めた表情をふと緩めていた。

「今あらためて感じているのはサッカーを楽しむことが重要なんじゃないか、と。対戦相手も含めて一番楽しそうにやっている選手でいたい。そうすることで、いいプレーって出てくると思いますから」

 苦渋、苦悩、苦闘。

 苦の続きに、きっと楽がある。

 苦が大きかった分、楽も大きいはず。

 サッカーでの悔しさはサッカーでしか晴らせない。挑戦の先にあったはずの“対価”を、天野純は迎え入れてくれたF・マリノスで追い求めていく――。

2020/06/17 森谷、長谷川らがタイ在住の子どもたちと交流 「すごい!」と思った選手とは? | サッカーキング

 横浜F・マリノスのユース出身、森谷賢太郎(愛媛FC)、長谷川アーリアジャスール(名古屋グランパス)、田代真一、武田英二郎(ともに横浜FC)、山岸純平(法政大学体育会サッカー部出身)、齋藤陽介(元横浜F・マリノス)の6名により立ち上げられたプロジェクト『ROOTS.』の本格始動にともない、15日に小学生を対象としたオンライントークイベント『ROOTS. Talk Session Vol.1』を開催。タイのバンコクに拠点を置く『Can U Kick It サッカーアカデミー』所属する小学生7名、コーチ2名と交流した。

 イベント内では子どもたちの質問に各選手が次々に回答。ユース時代の思い出や試合時のルーティン、おすすめの個人練習方法などを指南していった。

 これまで一緒にプレーもしくは対戦した中ですごかった選手の質問についてはそれぞれが回答。森谷は川崎フロンターレ時代に対戦経験があり、子どもたちが現在暮らすタイの英雄チャナティップを選出。AFCチャンピオンズリーグでムアントン・ユナイテッド所属時代に対戦し、ドリブルの速さに驚いたそうで、「その後、まさかJリーグのチームに移籍してくるとは(笑)」振り返る。

 長谷川は中澤佑二、中村俊輔、松田直樹といった横浜FMのレジェンドを挙げ、セレッソ大阪時代の同僚である南野拓実についても「強い気持ちと負けん気があった」と太鼓判。田代は横浜FCの同僚である三浦知良をはじめとしたレジェンドと言われる選手たちとして、「みんなサッカーに対する熱量がすごいし、とにかくサッカーが好きなんだと感じました」と、刺激を受けているようだ。

 プロ選手にはなれなかった山岸はユース時代、家長昭博のプレーに衝撃を受け、「とにかくすごい」の一言。海外で長くプレーしてきた齋藤は、様々な国の高いレベルの選手たちと対戦し、自分はどうやって勝てるかを常に意識していたとアドバイス。武田は野洲高校時代の乾貴士を挙げ、プレーについては「異次元のドリブル」と称している。

『ROOTS. Talk Session』は17日と23日にも開催予定となっている。

 
 

今日のこけまり


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