夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノスまとめ(2020/3/27) #fmarinos

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夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノス(まとめ)

(´-`).o0(2020/3/27(金)神奈川県は、今週末、不要不急の外出は控えるようにとのこと)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Instagram
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

【重要】開催延期試合(第7節名古屋戦)のチケットの取り扱いについて | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(第4節の川崎戦の払い戻しは3月31日まで)

實藤友紀選手に第三子(女児)誕生のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(3月23日の移籍発表から合流に日がかかったのはこれね)
 
 

今日の練見(れんみ)

(´-`).o0(非公開)


 
 

Twitter / Instagram


 
 

Webニュースログ

2020/03/27 なぜ、仲川輝人はJ屈指の選手になれたのか?どん底から這い上がった男の物語 | Goal.com

 2020シーズンの主役は誰だ!?このテーマを語るうえで、欠かせない存在がいる。15年ぶりに優勝を成し遂げた横浜F・マリノスにおいて、得点王とMVPのダブル受賞を果たし、一躍時の人となった仲川輝人だ。

 27歳にして絶頂のキャリアを迎えている仲川だが、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。大学時代の大ケガ、プロ入り後に直面した試練……。なにが彼を成長させ、奮い立たせたのか。DAZN(ダゾーン)で配信中の「Jリーグプレイバック #1」では、仲川をよく知る関係者の証言とともに、彼のこれまでのキャリアを振り返っている。

■柴崎、宇佐美らと同じ“プラチナ世代”

 アンジェ・ポステコグルー監督が掲げる超攻撃サッカーで、史上まれに見る激闘となったJ1を制した横浜F・マリノス。そんな横浜FMのサッカーで欠かせない存在となったのが仲川輝人だ。161センチと小柄ながら持ち前のスピードに、抜群の得点能力で攻撃陣をけん引。MVPに相応しい活躍を見せた。

「スピードがあるのが一番、それに加えてシュート、テクニック、プラス頭脳のところでどうすれば自分がゴールを狙えるのかというところを考えながらプレーしている。Jリーグの中でもトップクラスだと思いますね」

 そう語るのは、横浜FMのレジェンド・中澤佑二氏だ。現役を退いた2018年まで仲川とプレーした間柄だ。中澤氏が見るこれまでの仲川は「右サイドを崩してアシストをする」イメージであったが、近年では「ゴールへの意識が非常に高くなったのと、より相手に対して脅威になっている」と称賛。今日ではレジェンドをも唸らせる存在にまで上り詰めている。

 1992年生まれの仲川は、いわゆる“プラチナ世代”とも称される年代。日本代表MF柴崎岳や宇佐美貴史が同年代にあたる。前述のふたりが若くして注目を浴びる一方で、仲川が歩んできた道のりは苦難の連続だった。

■大学でのケガ、プロ入り後に訪れた試練

 川崎フロンターレの育成組織を経て専修大学に進学した仲川は、大学3年時に関東大学1部リーグの得点王を受賞。大学2年生の時点で、すでに横浜FMが声をかけており、つねに注目の存在であった。大学時代、仲川を指導していた専修大の源平貴久監督は、当時の彼をこう振り返っている。

「入ってきてすぐ主力でやってもらった選手。頼りになる選手ですね。スピードは今と同じようにあって、テクニック、ドリブル、シュート、どれもアベレージが高い選手でした」

 “大学ナンバーワン”の呼び声も高かった仲川だが、卒業目前となった4年生のときに悪夢が襲う。右膝前十字靱帯および内側側副靱帯断裂に右膝半月板損傷。選手生命をも脅かす重傷だった。

 それでも横浜FMは、かねてから注目していた仲川を獲得。それはクラブの仲川への大きな期待の表れでもあった。異例の形での加入が決まった仲川は、リハビリ生活から11カ月でデビューを果たすも、その後は出場機会に恵まれず。プロ初年度は2試合の出場にとどまっている。大学サッカーで華々しいキャリアを積み上げてきた仲川にとっては、屈辱のデビューイヤーとなった。

 プロ入り前から仲川を取材し続ける横浜FMの番記者・藤井雅彦氏は当時の状況を次のように話す。

「当時のマリノスには、中村俊輔やアデミウソンなど、前線に能力の高く実績のある選手が揃っていた。そういった選手たちの牙城を崩せなかったのは事実です」

 また、中澤氏も当時の仲川は「入団してしばらくは、自分のポテンシャルでプレーしていた。足が速いとか上手い選手はよくありがちなんですけど、それ以上のことをしない。それでできちゃうので。もったいないなとは思っていました」と振り返る。

■J2への武者修行が彼の運命を変えた

 その後も試合に出場できない日々が続き、出場機会を求めてFC町田ゼルビアへの期限付き移籍を決断。J2への武者修行を選択したのだ。町田では全試合に先発出場し、3ゴールをマーク。結果を残して横浜FMに復帰したものの、それでも出場機会は得られず。2017年夏には再びJ2のアビスパ福岡へ期限付き移籍。すると、この移籍が仲川に大きな影響を与えたと、藤井氏と中澤氏は語る。

「守備で決してサボらない、手を抜かないこと。具体的には今何をしなければならないかを自分で考えて行動できるようになったのが、一番の収穫かなと思います」(藤井氏)

「ボールを追いかけることにネガティブになっていない。気持ちのなかでしっかりボールを取るんだと。『自分がチームの守備の第一歩なんだ』という気持ちでボールを取りに行く。テルはJ2で経験したことが今できている」(中澤氏)

 2度にわたるJ2への武者修行で、選手として大きく成長した仲川。その根底にあったのは横浜FMへの思いだった。大ケガをした大学時代に仲川のケアをしたのは、試合会場に来ていた横浜FMのスタッフであったのだ。

「彼がケガをした際、すぐにアフターケアをしたんです。もちろんクラブとしてオファーを取り下げるつもりはなかった。しっかりと責任を持って自分たちで面倒を見るという方向性を当時のスカウトと強化部は決めていた。彼もその動きの早さに熱意を打たれたと話していました」(藤井氏)

 横浜FMへの思いは、幾多の試練をも乗り越える力となった。

「彼は期限付き移籍するときに『マリノスで活躍するために。マリノスは大ケガをしている自分を獲得してくれた。その感謝の気持ちをプレーで返したい』と、当時いつも言っていた」(藤井氏)

■困難を乗り越えて飛躍も、まだこれから

 そして迎えた2018シーズン。ここまで3シーズンを過ごし、横浜FMでの出場はわずか6試合。プロ4年目にすべてをぶつける覚悟だった仲川が“あること”を徹底していたと、藤井氏は明かす。

「2018年の最初に取材をしていてすごく印象に残ったことがあります。今年の目標とテーマを聞いたときに、彼は『自己管理をしっかりすること』と答えた。それまでの彼は、チャンスの場面で体調不良になってしまうことがあった。彼はそこを自分のなかで改善しようと考えた。小さなことからコツコツと努力していったのは、この後つながる活躍へのターニングポイントだったのではないかと思います」

 さらに、ポステコグルー監督のもとで仲川の運命は変化していく。超攻撃スタイルを標榜する指揮官は、シーズン途中から仲川をレギュラーに抜擢。プロ4年目にしてようやくJ1初ゴールを決めると、ここからゴールを量産。2018シーズンはJ1で24試合に出場し、二桁にあと一歩迫る9得点を挙げたのだ。

「目に見えて自信がつきました。今までは、もしかしたら長いリハビリ期間だったかなと思うくらい。ゴールを取ってからの彼はいきいきと輝いていたと思います」(藤井氏)

 そして迎えた2019シーズン、仲川はキャリアハイとなる15ゴールを挙げ、横浜FMの15年ぶり優勝に大きく貢献。仲川の活躍はデータにも表れており、枠内シュート数は2018年が18本だったのに対し、2019年は34本と増え、ドリブル成功率も2019年は2018年の36.5%から46.4%に増加。Jリーグでの活躍が認められ、2019年末にはEAFF・E-1選手権に臨む日本代表にも初選出を果たした。

 試合に出られない日々が続いた。それでも「シャーレをマリノスのために掲げることをずっと目標として加入した」という思いが彼を奮い立たせた。どん底から這い上がってきた彼を“遅咲き”と呼ぶ声もある。長年にわたり仲川を取材する藤井氏も「遅咲きかもしれない」と話す一方で「まだまだ満開じゃない。もっともっと大きく綺麗に咲き誇ってほしい」と、さらなる飛躍に期待する。

 多くの困難を乗り越え、リーグ最高の選手へと成長した仲川。2020シーズンの主役候補筆頭である“ハマのGT-R”が、再開後にどんなプレーを見せてくれるのか。史上初の2年連続MVPも期待される27歳に今季も注目が集まる。

2020/03/27 興國・内野監督「トゥールーズからオファーが出そうだと言われた」。FW樺山とFW杉浦がフランスで高評価 | ゲキサカ

 興國高(大阪)のFW樺山諒乃介(新3年、横浜FM内定)とU-18日本代表FW杉浦力斗(新3年)が3月2日から7日までフランス1部・トゥールーズのセカンドチームに練習参加した。

 興國は2月21日からスペイン・フランス遠征。パリSGやエスパニョールの育成組織などと練習試合を行った。当初、2人はトゥールーズのU-19チームに練習参加する予定だったが、2月26日に行われたトゥールーズU-19との練習試合での2人の活躍を見たトゥールーズ首脳陣がセカンドチームでのトレーニングに昇格させることを決定。そのセカンドチームでもポテンシャルの高さを示したという。

 興國の内野智章監督によると、杉浦はクラブから高さに加え、技術面や活動量の多さを評価された模様。一方で、DFの驚異となるプレー、仕掛けの回数が課題となったようだ。より高い評価を獲得したのが樺山の方。横浜FMの承諾を得て練習参加したアタッカーは、技術的&戦術的なスキルレベルの高さや、インテリジェンスの部分もトゥールーズから注目されている。

 内野監督は「(樺山は)トゥールーズからオファーが出そうだと言われたので、慌ててマリノスとすでに契約していると再度伝えた」という。樺山は欧州遠征前に横浜FMから内定を受けているためにオファーは実現しなかったが、実力はフランス1部のクラブも認めるレベルにあることを実証している。

 杉浦は今回の練習参加を振り返り、「トゥールーズの練習に参加して、自分のスピードは世界でも通用する武器だと思った」と分析。そして、外国人選手たちのゴール意欲の強さを目の当たりにしたストライカーは、「この経験を活かして常に外国人とやってるイメージを持ってプレーの一つ一つに駆け引きやったり、まずはゴールを意識するプレーっていうのを考えていこうと思った」と誓った。

 一方、樺山は「トゥールーズに練習参加して通用した事はドリブルや足元の技術です。海外の選手は身長が大きい選手が多いからアジリティとかがあんまり高くなくて緩急を付けたドリブルやターン、フェイントをすると、ついてこれてなくてドリブルで抜けることが多かったです」と振り返る。

 同時にシュートスピードと質の課題を感じて帰国。「これから高いレベルでやっていくためには自分の意見を言ったり、相手に対しての要求が必要になってくると思うから、この経験をしたからこそ、日本人の良くない所を減らしてONとOFFのメリハリを付けれるようになりたいと思います。技術的なところでは自分の武器を外人に負けないようにレベルアップしていきたいと思います」と意気込んだ。

2020/03/27 必然の再会と、前代未聞の「9人連続PK失敗」と。(前編)(二宮寿朗) – 個人 – Yahoo!ニュース

 飯倉大樹は、笑っていた。

 試合前でも試合後でもない。試合中、それもPK戦の真っ最中に。

 朴一圭(パク・イルギュ)は、喜びに満ちていた。

 シビアなPK戦の最中にあるというのに。

–緊張感とそれを和らげるような何か

 2020年2月8日、埼玉スタジアム。J1王者・横浜F・マリノスと天皇杯王者・ヴィッセル神戸がシーズン開幕直前にぶつかった「FUJI XEROX SUPER CUP」は異様な盛り上がりを見せていた。神戸がリードして横浜が追いついての展開を3度繰り返してタイムアップ。打ち合いによってボルテージが上がったままPK戦に持ち込まれた。

 その舞台となるヴィッセル側のゴールに向かう途中、朴は先輩に声を掛けた。

「乱打戦になりましたね」

「まさかPK戦とは、な」

 お互い、苦笑いに近い。握手を交わした2人はゴールに向かうほうと、離れるほうで別れた。

 飯倉と朴には浅からぬ縁がある。飯倉はF・マリノスの育成組織からトップチームに昇格し、13年以上にわたって在籍してゴールマウスを守ってきた。だが、FC琉球のJ2昇格に貢献して移籍してきた朴にシーズン途中からポジションを奪われ、昨年7月に神戸に移籍している。その後F・マリノスはリーグを制し、ヴィッセルは天皇杯を制した。

 こう書くと強烈なライバル意識を想像しがちだが、そうではない。3つ年上の飯倉は朴にとって「常に目標とする人」。飯倉に人望があるのも、朴を含めて兄貴分として慕う人が多いからだ。

 飯倉としても同じ釜のメシを食ってきたチームメイトが敵として自分の前に立っている現実に不思議な感覚を持ったに違いない。懐かしさの反面、大きな勝負が始まるというそのギャップ。ピンと張り詰めた緊張感と、それを和らげるような何かがピッチを包んでいた。

–エジガルのPKからそれは始まった

 先攻はF・マリノス。

 快足センターバックのチアゴ・マルチンスがトップバッターで登場した。主審の笛が鳴り、飯倉はチアゴだけを見て動かない。最後まで動きを見極めようとしたが、キックとは逆方向に飛んだことで決められてしまう。

 飯倉は心のなかで「あっ!」と叫んだ。

「チアゴとはよくPKの練習をやっていたんです。対角線に強く蹴ってくることが多いっていうのを決められた後に思い出した。そうだよ、チアゴはこっち多いじゃんって(笑)」

 後攻のヴィッセルはアンドレス・イニエスタが出てきた。

 朴は松永成立GKコーチからイニエスタのデータを伝えられていたが、飛んだ逆方向に決められた。

「データを踏まえて『あとは自分で決めろ』と言われたんですが、もっとイニエスタの動きを見てから反応すれば良かったな、と。ちょっと安易に入りすぎた反省があったので、次からはデータを踏まえつつも、しっかり自分の目で判断しようと思いました」

 2本目もお互いに決められてPK戦のスコアは2-2。この時点で両チーム合わせて「9人連続失敗」を誰が予想できただろうか。

 朴は嫌な予感がしていたという。

「エジガル(・ジュニオ)は大樹くんと結構、PK練習していたよなって思い出して。1、2本目は成功したとはいえ、大樹くんは(シュートを)誘い込むのが非常にうまいので」

 先攻の3本目、エジガルが蹴る前、対峙した飯倉がフッと笑ったように見えた。本人に確認すると、頷いてからこう言った。

「エジガルがケガでブラジルに戻っていたときに俺が神戸に移籍したので(会うのは)随分と久しぶりだったんです。ケガや(20年シーズンの)契約のことも気になっていたからたまにインスタでやり取りしていて、お互いに『再会できたな』という感じでアイツも俺も笑って。だから凄く楽しめるなっていう感覚になったんだと思います。アイツともよくPKの練習していましたからね」

 対角線で蹴ってきた右足シュートに合わせて飛び、左手で弾いたボールはポストに当たってゴールから遠ざかっていった。

 派手なガッツポーズはない。鼻に手をやる仕草くらいで、感情の起伏を感じさせることもなかった。

 逆にこのシーンを見て気持ちにスイッチを入れたのが朴だった。「次食い止めないと、勝てない」という直感が働いた。敢えていきり立つくらいの感情を瞬時につくり出し、後攻3本目の小川慶治朗の前に立ちはだかった。

 気持ちが入り過ぎて「動くのが早かった」。小川が蹴ったコースと逆に飛んでしまったものの、ポストを叩いた。だが喜んではいられなかった。ここまですべて自分の読みとは逆になっていたからだ。感覚的には「クビの皮が一枚つながった」に過ぎない。「もう一度、冷静になろう」と自分に言い聞かせた。

 4本目の先攻、水沼宏太は蹴ったコースに飯倉が反応したことも影響したのか、上に外してしまう。完全に「大樹くんペース」になっていると朴は感じた。

 しかしながら、入れ込みすぎてもダメ。深呼吸を繰り返して次のキッカー、西大伍を迎え入れた。

「相手の膝下の動きだけ見ようと思いました。その動きを見てコースに反応して、あとはボールを見ようと」

 助走で一度止まった相手の動きに対してもつられなかった。1本前なら、先に動いてしまっていたかもしれない。経験豊富な西の動きを読み切り、自分の左側に飛んできたグラウンダーのシュートを左手で触った。ボールはポストに当たって前に転がっていった。

この光景を見ていた飯倉にも、止められそうな予感があったという。

「右に打つ感じがちょっと出ていたので、危ないな、と。ああやってパギ(朴一圭のニックネーム)が止めて、まあそうだよな、と思いましたね」

 一人ひとり気持ちをコントロールしていく後輩に対し、飯倉は一定していた。過去と現在が交差する不思議な感覚に身を任すしかなかった。いや、この感覚が自然な集中を生み出してもいた。

–後輩の尻をポンと叩いた意味

 5本目の先攻は、松原健だった。

 飯倉はボールの置き方から視線、間合い、助走すべてを踏まえて「メンタルの駆け引きで上回れないと勝てないのがPK」という思考を持つ。

 キックの前の駆け引きで、落ち着き払った松原の所作に一切の迷いはなく「ああ、今回は健のほうが上手だ」と感じたという。

 逆方向に飛んでしまったが、しかしそのボールはゴールをとらえられない。

 どうした、何が起こっている!

 これで5人連続の失敗。

 朴と入れ替わる際に、飯倉は思わず後輩の尻をポンと叩いた。

 まるで「お前も頑張れ」と言わんばかりに。

 このシーンを本人にぶつけると、「無意識でしたね」と返ってきた。そしてこう言葉をつむぐ。

「逆に8、9本目までお互いに1本も止められないっていう経験はあったけど、こんなにみんなが連続して外すっていうのは経験がない。ちょっとおかしなことになってるぞっていう意味合いで、パギにそうやったとは思うんです。PKってバトルなのに、言葉はちょっと違うかもしれないけど、なんか練習でのPKみたいな感覚にもなってきたというか」

 後攻のヴィッセルが5本目で決めれば、勝利となる。

 今度は朴が立ちはだかる。助走の短い大崎玲央が蹴ったコースに反応し、ボールはまたも上へ。「止めてはないけど」朴も思わずガッツポーズを繰り出す。

 埼玉スタジアムにどよめきが消えない。

 6人連続失敗という超レアケースのPK戦は、ついにサドンデスへと突入した。

2020/03/27 必然の再会と、前代未聞の「9人連続PK失敗」と。(後編)(二宮寿朗) – 個人 – Yahoo!ニュース

 無心。

 あのPK戦における心持ちを尋ねると、飯倉大樹はそう表現した。

「当然ですけど、ヴィッセルの選手なんでヴィッセルのために勝ちたいという思いがあります。そして俺はずっとF・マリノスでプレーしてきたわけだから、複雑な感情だってないわけがない。欲をなくすというか、深く思いすぎないというか。そんな心持ちでいることで、逆に余裕を持つことができたとは思いますね」

 勝ちたい、止めたい。それは心に留めて、かつてのチームメイトとの真剣勝負を楽しもうとしていた。練習の場、遊びの延長線上でやってきた昔のPKを懐かしむように。

 サドンデスに入った6本目の先攻、飯倉の前に和田拓也が現れた。

 無心の守護神は静かに立ち、敢えてどう蹴ってくるかをイメージしなかった。見極めるというよりも、このときだけは感覚に頼ったという。

「F・マリノスを離れる1カ月前くらいかな、タクとは何度も食事に行ってたんですよ。出番があんまりなくて『頑張れよ』って励ましたりして。お互いに食べたいものとか感覚が合うんで、PKもそういうのあるんじゃないかなって。タクは俺につられた感じになりましたよね」

 対角線に蹴り込んだボールに勢いよく飛びつき、右手で弾いた。ポストにはね当たったボールが顔に直撃して目を開けられなかったが、ゴールを許していない確信はあった。

 横でこのシーンを見ていた朴は、感服するしかなかった。

「ウチでキックのうまい選手が、4人連続で決められていないわけですからね。大樹くんの集中がスゲエって思いました」

 繰り返すが、飯倉は集中しようと思ってそうなっているわけではない。古巣のチームメイトと対峙すれば、彼らへの思いもあって勝手に集中が生み出されていくという好循環があった。

 朴はさすがに覚悟した。後攻で目の前に立つトーマス・フェルマーレンの姿がやけに大きく感じたからだ。

 しかし失敗の連鎖は、ベルギー代表をも巻き込んでしまう。朴はコースと逆に飛んでしまったものの、ボールは大きく外れた。

「真ん中に蹴ってくる可能性だってあるなって思いました。フェルマーレンは落ち着いていたし、逆を取られたときは『しまった』と思いましたよ。でも、まさか外してくれるとは。大樹くんだけじゃなくて、きょうの俺は持ってるんじゃないかってこのときばかりは感じましたね」

–飯倉からもらった言葉を胸に秘めて

 勝ちたい、大樹くんに勝ちたい。

 背中を追ってきた人と、競いあえる「今」がいつしか喜びに変わっていた。

 昨年7月、マンチェスター・シティとの親善試合を最後に、飯倉は横浜の地を離れていった。朴は別れの際に、こう伝えたという。

「勝手ながら大樹くんの思いを、僕なりに受け継がせてもらいます」と。

 言うは易く行うは難し。

 飯倉がいなくなってからは、モチベーションに苦しんだ。追ってきた先輩の存在の大きさに気づいた。それでも自分を奮い立たせ、優勝にガムシャラに向かっていった。

「このチームのスタイルは、お前だからやれる」

 飯倉からもらった言葉が、いつなんどきでも奮い立たせることのできる、とっておきの魔法であった。

 どよめきは続く。

 7本目の先攻は、将来のF・マリノスを背負う遠藤渓太。

 飯倉は冷静に分析していた。

「アイツのことだからパンチ力で勝負してくるはず。そうなると対角線に蹴ってくるか、真ん中を狙ってくるか。右に飛びましたけど、意識は真ん中にもありました。そうしたら真上を狙ってきて、やっぱりな、と」

 飯倉の読みにコントロールが狂わされたのか、ボールはクロスバーを叩いた。

 彼はこのときの光景が忘れられないという。

「何気に電光掲示板が目に入って、そうしたら全部バツになっていて、なんじゃこりゃ、と。現実味がないし、不思議な感覚になりました」

 大型ビジョンにはスペース上、5人のキッカーの成績しか反映されていない。3本目から7本目まで「×」が続き、次の後攻だけスペースが空いていた。

 これを見て次のキッカーとなる山口蛍と目が合った。いや、目を合わせようとした。

「もう決めてくれ」

 無言のジェスチャーに、プライベートでも仲が良いという山口は深く頷いたそうだ。

 10人連続の失敗はあるのか。

 朴は「何だか地に足がついていない」と自分にふわっとしたものを感じた。フェルマーレンが失敗した残像がまだ消えていなかった。勝負を決めると静かに意気込む山口のテンションと合致できていなかった。

 逆を取られてゴールネットを揺らされ、前代未聞のPK戦に終止符が打たれた。

 一瞬にしてヴィッセルは歓喜の輪に包まれ、その中心に飯倉がいた。

–PK失敗をキッカーのミスとして見るのではなく

「お前ら、パギに謝っておけよ」

 試合が終わってから挨拶するためにF・マリノスのロッカールームに顔を出した飯倉は、古巣のチームメイトに愛情ある毒を吐いた。朴とも健闘を称え合い、「GKは大変だったな」と声を掛けた。そして恩師でもあるアンジェ・ポステコグルー監督に「遅ればせながらリーグ優勝、おめでとうございます」と直接、伝えることもできた。

 飯倉はポステコグルー監督が掲げる超攻撃サッカーを象徴する選手だった。ハイラインの申し子となり、果敢な飛び出しやビルドアップはこれまでのGK像を一変させた。だが昨シーズン、朴が正GKに座るようになったことで飯倉は現役引退まで考えるようになっていた。試合に出られないという悔しさがこみ上げてきたわけではなかった。

「(残留争いに巻き込まれた)一昨年、周りにはいろいろと言われたじゃないですか。前に出過ぎて、ゴールを決められて批判されようとも、俺はこのサッカーでタイトルを獲るためなら、何言われたって構わないと思いましたよ。自分なりに背負って戦ってきたつもりです。だから試合に出られないようになって、言葉にするなら『戦い疲れた』というのもあったとは思うんです」

 新たな基盤をつくり上げるために、彼はチームの先頭に立って走ってきた。ベテランとして背負ってきたところも過分にある。だからこそ、その場所がなくなったときにこれまで感じてこなかった疲労が重くのしかかった。

 神戸からオファーが届き、とことん悩み抜いて移籍することを決めた。だから今はクラブを背負うというよりも、肩の力を抜いてプレーできるようになった。

「蛍や(酒井)高徳や、感覚の近い選手たちがいるし、(トルステン・)フィンク監督やアンドレスからは勝つチームの戦い方というのも教わっている。天皇杯で優勝することもできたし、凄く充実できている。それもこれも横浜でやってきたことが、今、花が開いているっていう感じもするんです」

 飯倉はそう言って、生気みなぎる顔を向けた。

 朴は横浜を背負う覚悟と向き合うことで成長を呼び、逆に飯倉は解放によって未開拓の伸びしろを手にしている。

 あの9人連続失敗をキッカーのミスとして見るのではなく、2人のGKをめぐる背景が複雑に絡みあってキッカーを凌駕するシチュエーションを生み出していたと考えれば、まったく別の見え方になる。

 運命の交差は、きっと必然だった。

 朴は言った。「PKがもっと続いてほしかった」と。

 飯倉は言った。「終わったときに、ちょっと寂しさを感じた」と。

 2人の思いなくして、あの「前代未聞」は生まれなかった。

 
 

 
 

今日のこけまり

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