今日の横浜F・マリノスの動向が6分5秒ぐらいでわかるWebまとめ「夕刊こけまり」(2026/2/2) #fmarinos


今日の横浜F・マリノスの動向が6分5秒ぐらいでわかるWebまとめ「夕刊こけまり」

(´-`).o0(「明治安田Jリーグ百年構想リーグ 開幕イベント」には、宮市亮選手が参加)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.X(旧Twitter) / Instagramなど
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

2026/02/02 2/6(金)百年構想リーグユニフォーム 一般販売のお知らせ | ニュース | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(開幕戦のスタジアムでは「ユニフォーム特設売店」が東ゲートに)
 
 

今日の練見(れんみ)

(´-`).o0(非公開練習)


 
 

X(旧Twitter) / Instagramなど


 


 


 
 

Webニュースログ


【Jリーグ】横浜FM・宮市亮、昨季の経験を糧に躍進を誓う「残留争いの経験が今季に活きてくる」 『明治安田Jリーグ百年構想リーグ 開幕イベント』 – YouTube

2026/02/22 宮市亮は「明るく元気に、33歳も頑張りたい」。横浜F・マリノスのタイトル獲得のために「やれることは何でもやるつもり」【コラム】 | フットボールチャンネル

 横浜F・マリノスは1月29日に宮崎キャンプでのトレーニングを打ち上げ、2月6日に開幕する明治安田J1百年構想リーグに向けて調整を進めている。今年でプロ16年目を迎える宮市亮に、ここまでの仕上がりや今季にかける思いについて聞いた。

— 去年の脳震盪受傷から完全復活を目指す宮市亮

 宮崎キャンプでもとても楽しそうにピッチで走っている宮市亮の姿が印象的だった。

 キャンプも終盤に差し掛かり、横浜F・マリノスとしても、個人としても状態の良さを感じさせた。

「チームとしてはやりたいことがはっきりしてきたなという感じはしますし、雰囲気もい良い。開幕に向かって良い準備ができているかなと思いますし、個人的には脳震盪で離脱していましたけど、チームにも合流できて順調にいっている感じですね」

 今季のマリノスは、昨季のクラブ史上最低となるリーグ戦15位からの復活を期している。昨季は一時最下位に低迷し、クラブ史上初のリーグ戦7連敗、2度の監督交代などを味わうなど、苦しいシーズンだった。

 宮市自身は昨季、リーグ戦22試合に出場。シーズン序盤はチーム事情からサイドバックにも挑戦するなど、プレーの幅を広げた。

 マリノスに加入してから最も多い1062分のプレータイムとなった一方で、複数回にわたって脳震盪を受傷。去年の10月14日の練習中に受傷したのを最後に、出場機会がないまま、シーズンを終えていた。

 復帰に向けたプログラムを行い、今年のチーム始動日には元気な姿を見せていたが、その後の経過はどうなのだろうか。

— 怪我やアクシデントとの闘いの日々。乗り越えていく原動力はどこに

「コンディション自体は悪くないと思います。ただ、実戦をまだこのキャンプでしていないので、試合に出てみないとちょっとわからないところがありますけど、足の怪我をしていたわけではないので、そこら辺のコンディション的なところは大丈夫です」

 実際、報道陣に公開された最後のトレーニングでは、紅白戦に出場。その後行われた練習試合で実戦復帰を果たすなど、開幕への準備はできているという。

 とはいえ、宮市の言うように足の怪我ではないが、脳震盪も侮ってはいけないものだ。

 始動日には「後遺症が結構ひどくて、頭痛、めまい、吐き気もありました。僕も過去にやったことはありましたけど、ここまで後遺症が長引くことは今までなかった」と明かしていた。

 これまでのキャリアで3度の膝前十字靭帯断裂を経験するなど、宮市のプロサッカー人生は怪我やアクシデントとの闘いの日々でもある。

 そうしたものを乗り越えていく原動力はどこからくるのだろうか。

「やっぱりこの横浜F・マリノスというチームにすごく自分は支えられているなと思います。ファン・サポーターの声援がいつも後押ししてくれるので、それに応えたいという気持ちでいつもプレーさせてもらっています。

 プロサッカー選手として、ファン・サポーターの人たちがいないと成り立たない職業でもあるので、そこにはすごく感謝しています」

 さらに、宮市のモチベーションのひとつとなりそうなのが、先日、現役引退を発表した3歳年下の弟・剛の存在だ。

— 「宮市というものを背負って、ピッチの上で頑張りたい」

「彼も本当に小さいときから切磋琢磨して兄弟としてやってきて、たぶん、いろんな苦しいことの方が多かった。結局、サッカー選手は苦しいことの方が多い職業ではあると思うんですけど、前を向いて常にポジティブにやっていた。

 これが終わりではないですし、現役生活で得たものを第2の人生に活かしてもらって、またサッカー界に貢献できるようなことをしてくれれば、兄としても嬉しいなと思います」

 弟にとって、宮市は憧れの存在でもあった。きっと、弟の思いも受けてプレーしていくのだろう。

「本当にいつも応援してくれる存在でもありますし、彼ももっともっと現役をもしかしたらやっていきたかったとは思う。宮市というものを背負って、まだ僕もやれると思うのでピッチの上で頑張りたいと思います」

 宮市がピッチで躍動する日々も近づいている。今年は秋春制へのシーズン移行に伴い、特別大会の明治安田J1百年構想リーグが開催される変則的なシーズンでもある。

「昇降格がない中ではありますけど、タイトルもかかったリーグという半年だと思います。チームとしてACLE(AFCチャンピオンズリーグエリート)の出場に向けて、大事な大会になってくると思います。

 Jリーグにとっても新たな試みでいろんなことが起こるシーズンにはなると思いますけど、すごく個人的には楽しみですし、ファン・サポーターの皆さんもすごく楽しみにしてくれるんじゃないかなと思います」

 今年でプロ16年目のキャリアを迎える宮市だが、マリノスのフィールドプレーヤーの中で2番目の年長となり、ベテランとして期待される役割も大きくなっている

— 今年で34歳を迎え、ベテランと言われるようになっても…

「個人的にはベテランと言われる年にはなってきましたけど、まだまだ自分自身若いと思っているので、フレッシュに毎日サッカーを楽しんで、プレーしたいなと思います。

 その中でもポジティブになるような雰囲気作りというか、チームを作っていくことがタイトルにもつながっていくかなと思うので、明るく元気に、33歳も頑張りたいと思います」

 その朗らかな笑顔からは、ベテランというよりもどちらかといえば、サッカー少年のような無邪気さを感じさせるが、トレーニングでいつも笑顔を絶やさず楽しそうにチームメイトとサッカーをする姿からは、チームの雰囲気作りに一役買っていることを容易に想像させる。

 何より、サッカーができる喜びを全身で表現しているようだった。だからだろうか、今季の目標を聞くと、明確だった。

「もう本当にチームのタイトルに向けて、僕はやれることは何でもやるつもりですし、個人というところよりもチームのタイトルのために、自分がピースになれるように頑張りたいなと思います」

 今年で34歳になる宮市は、マリノスのためにできることを全力で挑んでいくつもりだ。スピードに乗ったドリブルで相手を抜き去る姿を待ちわびている。

(取材・文:竹中愛美)

 
 
2026/02/02 「引き受けた時点で自分はどうなってもいい」大島秀夫監督は横浜F・マリノスのために戦うと決めた。J1残留への分岐点とは【コラム前編】 | フットボールチャンネル

 昨季、クラブ史上ワーストのリーグ戦7連敗を喫するなど、シーズン序盤から苦しい戦いを強いられた横浜F・マリノスだったが、名門の意地をみせ、J1のステージに踏みとどまった。苦境の中で指揮官に任命された大島秀夫監督が、いま明かす当時の心境とクラブへの思いとは。(取材・文:竹中愛美)

【単独インタビュー/取材日:1月25日】

— 大島秀夫監督にとって「かなり難しいミッション」

「もう正直、僕になったときはダントツ最下位で、残留できるかどうか本当にわからないし、かなり難しいミッションだなとは思っていました」

 大島秀夫監督がこう振り返るように、昨季の横浜F・マリノスは、今までにないほどの苦境に立たされていた。

 イングランド代表のヘッドコーチを務めた経歴を持つスティーブ・ホーランドを招聘し、新システムの3バックにチャレンジ。

 F・マリノスが掲げている攻撃的スタイル、「アタッキングフットボール」の再構築を図ったが、開幕から11試合を戦い、1勝5分5敗の18位と成績は低迷。4月18日、ホーランド監督の解任が発表された。

 ヘッドコーチを務めていたパトリック・キスノーボが後任を任されたが、中々思うように成績は上向かず、単独最下位、さらには、クラブワーストの7連敗を喫し、わずか2か月でキスノーボ監督は退任となってしまった。

 こうして、当時ヘッドコーチを務めていた大島監督が、冒頭に述べていた「かなり難しいミッション」を引き受けることになる。

 だからこそ、昨季を振り返ることは容易ではないが、大島監督が並べた言葉に凝縮されているようだった。

「まずは勝つことももちろん大事なんですが、選手が前向きに躍動できるようにと思って始めました。選手たちは本当に意欲的にやってくれました。あまり最初は勝ち点を積み重ねられない、勝ったり負けたりがかなりあった中で、このペースだとちょっと難しい。もちろん、人の入れ替わりがあって、残留するためにはもっと勝ち点が必要。

 そのためにはどうするかと悩んだ先の終盤のあのような戦い方になった。ただ、選手たちは本当に信じて、一生懸命そこについてきてくれて、パワーを出してくれたので、最後は選手、スタッフ、マリノスファミリーみんなが1つになって、それを成し遂げられた。残留できたことは最低限ですが、本当に良かったなと思っています」

— アシスタントコーチからヘッドコーチ、そして、初めての監督業へ

 大島監督が就任した夏には、これまでクラブに貢献してきた主力選手であるアンデルソン・ロペスやエウベル、ヤン・マテウスのブラジル人トリオが退団。

 彼らと入れ替わるように、谷村海那やディーン・デイビッド、ユーリ・アラウージョ、角田涼太朗、ジョルディ・クルークス、オナイウ情滋が新たに加わり、残留への険しい道のりをともに歩むことになった。

 大島監督の2025シーズンのはじまりはアシスタントコーチだった。そこからヘッドコーチ、そして、監督へと役割が様変わりするわけだが、与えた影響は少なくはなかったのではないだろうか。

「アシスタントコーチでも監督とヘッドコーチが外国人のチームだったら、アシスタントコーチとしての日本人の役割は結構重要だと思っていた。アシスタントコーチだろうが、ヘッドコーチだろうが、越権とかではなくて、やるべきことは重要だとは思っていたので、正直、ヘッドコーチになったからどうというのはあまり感覚がなかった。

 でも、監督はちょっと別ものだなと。まさかとは思っていた。ただ、正直、こういう状況なので何かはあるかもしれないとは思っていたので、打診されたときはもう心の準備はできていた。何をやるべきかもある程度はありました」

 監督をやると覚悟を決めた。頭の中ではこれまでともに戦ってきた監督たちが何をしてきたのかを理解していても、いざ初めての監督業となると話は別のようだ。

「正直、初めてだから何からやっていいかわからないし、こうしようというのはわかっていたんですが、それ以外のことがいっぱいありすぎて。監督としての役割・仕事は何が大事で、何を捨ててとか、いろいろあったと思う。

 そういうところはやはり最初だったので、いろいろあれこれ考えて大変でしたが、いろんな人のサポートのおかげで整理をできるようにはなってきました」

 大島監督にとって、転機となった試合がある。監督就任から2か月を過ぎた頃だった。

— 「かなりギリギリまで悩んだ」。大島秀夫監督に迫られた決断

「結構あるんですが、ポイントポイントで勝ったり負けたりは最初していて。この試合で負けていたら本当にやばかったとか、ここでもう1回負けていたらやばかったときに勝てたりとか。

 この試合は絶対に落とせないと、ズルズル行くかどうかという瀬戸際で物にできた試合は結構あって。だけど、1番転機になったのは川崎(フロンターレ)戦ですね。あそこから完全に戦い方をシフトした」

 大島監督が挙げたのは、9月13日の第29節・川崎戦。ホームで0-3という完敗をした試合だった。川崎にゲームの主導権を握られ、自分たちの時間を作ることができず、カウンターを食らう。失点の仕方が良くなかった。

 プランでは、相手陣地に入り込めるはずだった。だが、無理なパスや無理なボールの受け方が目立ち、前に運ぶことができない。

「人が入れ替わって、特徴が変わって、どうしようと思っていた中での川崎戦だったので、もう完全にこれはダメだと思って」、大島監督は決断する。

「かなりギリギリまで悩んだ。かといって、そんな状態で選手に伝えてもダメだし、伝えたときはもうこれでいくという形で言いました。だから、あえて言えばその試合が1番大きかったかなと思います」

 そして、次の試合となった9月20日の第30節・アビスパ福岡戦で、F・マリノスはこれまでのボールを保持する「アタッキングフットボール」から、ロングボールでリスクを回避する現実的な戦い方へと方向転換し、2-0の勝利を収める。

 F・マリノスは福岡にボールを持たせてミドルブロックを構築。中盤でボールを奪い、ロングボールで前線へと運び、攻撃につなげた。2得点ともに、攻撃の起点はロングボールからだった。

 戦い方を変えて臨んだ試合で4試合ぶりの白星をつかみ、残留圏の17位をキープした。

 そして、11月9日の第36節・京都サンガF.C.戦に0-3で勝ち、喉から手が出るほど欲しかったJ1残留を手にする。

 これまでJ2降格が1度もなく、5度のリーグ優勝を誇る名門というプレッシャーの中、ダントツ最下位からの逆転残留。見事、「かなり難しいミッション」を成し遂げた思いはひとしおだ。

— 「引き受けた時点でもうどうなろうと自分はどうなってもいいと」

「いや、もうホッとした(笑)ハア~って。まだ試合は残っていたけれど、とりあえず、その場は達成感というよりはもう本当になんとか免れたという気持ちの方がすごくて、重いものがすっと取れた感じはありました。

 あの京都戦を振り返れば本当にみんな戦っていたし、ファン・サポーターの皆さんのパワーもすごく感じたし、スタッフの気持ちも(感じた)。そういうのは本当に嬉しかったです」

 残留をつかむにあたっては苦しいことの方が多かったのかもしれない。だが、確実に支えとなった存在がある。

「僕が監督になったということは、選手たち、クラブの代表としてやらなければいけない立場になったということ。その中で選手があれだけ一生懸命、ポジティブにプレーをしているんだから、これはもうなんとしてでも全員で残留するしかないと。

 選手たちに降格を味わわせてはいけない、クラブをそうさせてはいけない。イコール、ファン・サポーターの皆さんもそうさせてはいけない。絶対に来年もJ1でという、もう本当にそういうところだと思います」

 クラブのため、選手のため、ファン・サポーターのため、F・マリノスにかかわるすべての人たちの思いを背負っていたからか、そのような思いが思わず、こぼれ落ちる。

「監督としてのスタートがこのような状況で、これで(J2に)落ちたら、もうどんなキャリアになるんだともちろん考えたし、引き受けた時点でもうどうなろうと自分はどうなってもいいと。だけど、このような状況だからやるしかないという感じでした。今はゾッとしますが、落ちていたらどうなっていたんだろう」

 監督就任のリリースコメントでもその強い覚悟が感じ取れたが、やはり相当な思いでいたことは間違いないだろう。

 今年1月に行われた新体制発表会では、ファン・サポーターから一際大きな歓声を送られた大島監督。その熱はしっかりと受け止めている。

— 大島秀夫監督は横浜F・マリノスがこれまで築き上げてきたものをベースに新たなチャレンジをする

「去年支えてもらってすごくパワーを感じさせてもらったし、それだけF・マリノスに対しての思い、愛を、生活やいろんなものを、全部F・マリノスに捧げてくれているので、その思いには応えなければいけない。

 それは結果もそうだし、グラウンドで起こっている1個1個のプレーとか、全部で感謝を伝えられるようなゲームをして、本当に喜んでもらう。一緒に喜べるのが1番良いかなと。本当に一緒に戦ってくれている仲間・ファミリーという思いが強いです」

 その根底には、現役時代にプレーし、引退後、指導者としてのキャリアをスタートさせた横浜F・マリノスというクラブへの思いもあるように感じた。

「選手でも、また指導者になってもそうやって機会を与えてくれたことは本当に感謝をしています。僕らは去年苦しんだので、あくまでもチャレンジャーだし、自分たちは足りない。慢心してはいけない。みんながそういうチャレンジングでアグレッシブな気持ちで、僕らだったら指導しなければいけないし、選手だったらプレーをしなければいけない。

 そういう文化になっていかないと、いろんな時代ですから、勝ち残っていく、結果を出し続けるのは、もっと根本的なところから大きく強くなっていかないといけないなと感じています」

 F・マリノスがF・マリノスであるために、大島監督はクラブがこれまで築き上げてきた特徴を表現することに加えて、新たなチャレンジも厭わず臨んでいってくれるだろう。

(取材・文:竹中愛美)

 
 

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