夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノスまとめ(2020/5/15) #fmarinos


夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノス(まとめ)

(´-`).o0(2020/5/15(金)昨日アップしようとしてましたが、見事に寝落ち…最近多い)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Instagramなど
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

2020/05/13 5月16日(土)新商品発売のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(タオルマフラーは無し(定点 )

2020/05/15 年間チケット会員の皆様へ(年間チケットのお取扱いについて) | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(リーグ再開日程の正式発表後に年チケの取り扱いについて発表)
 
 

今日の練見(れんみ)

(´-`).o0(トップチームは活動自粛中)
 
 

Twitter / Instagramなど


 
 

Best of Theerathon from 2019(ティーラトン) – YouTube
 
 

【ぶっちゃけすぎ】横浜F・マリノス 杉本竜士と語り合った結果…. (喋りすぎた) – YouTube
 
 

Webニュースログ

2020/05/13 「なんでこんなに点を取るんやろ」来季マリノス内定、興國高MF樺山諒乃介がフランスと横浜での衝撃を語る | サッカーダイジェストWeb

–自宅待機のなか、憧れの選手の動画でモチベーションを高めて

 中学時代から大きな注目を集め、多くの強豪Jクラブユースや強豪校が激しい争奪戦を繰り広げたMF樺山諒乃介。地元・大阪の興國高に進むと、持ち前の技術とスピードに加え、戦術理解力やポジショニングなどのインテリジェンスを磨き上げ、今年2月11日にはチームメイトのDF平井駿助、GK田川知樹とともに、横浜F・マリノスへの来季加入内定が発表された。

 新型コロナウイルスの感染拡大により自宅待機を余儀なくされるなか、彼は今、何を考えて日々を過ごしているのだろうか。5月7日にリモートインタビューを行ない、その心の内を聞いた。2回に分けてお届けするインタビューの1回目では、今夏に予定されていたインターハイ中止が決まったことへの率直な思いを語っているが、2回目となる今回は来季からの新天地となる横浜のこと、2月下旬から3月上旬まで行なわれた興國高スペイン・フランス遠征での経験、そしてこれからへの想いなど、プレーにまつわる胸の内を語ってもらった。

――◆――◆――

――コロナ禍の中でいろんな思いが交錯する中で樺山選手の言葉から感じるのは、やっぱりサッカーは大切な存在だということ。そこはご自身も感じますか?
「ものすごく感じます。家にいるときもユーチューブでエデン・アザールなど自分が好きなドリブラーの選手の動画を観ているのですが、彼らのプレーを観ているだけで『僕もこうなりたい』とめちゃくちゃモチベーションが上がるし、夢を与えてくれるんです。今、プロが決まった立場として、僕もアザール選手のように苦しい時に周りに感動や夢、希望を与えられるような選手になりたいと改めて思いました。自分の中でサッカーはやっぱり大切でかけがえのないものですね」

――2月24日から3月4日まで興國でスペイン・フランス遠征に行きましたが、その後は樺山選手と杉浦選手の2人だけがフランス・トゥールーズで5日間練習参加をされていましたね。
「はい、去年もスペイン・フランス遠征には行っていたのですが、前回よりも手応えを感じることができました。スペインではエスパニョールと試合をして、フランスではパリ・サンジェルマンとパリFC、トゥールーズと試合をしました。チームとしてはもともと2年生が多いチームだったので、やりたいことや意図もしっかり共有ができてやりやすかったですね。やっていて楽しかったです」

–フランス年代別代表ストライカーの技術に驚愕。「練習中から彼を注視するように」

――プロ入りが決まってからの初の海外遠征。将来的な目標でもあるヨーロッパのサッカーに触れて何を感じましたか?
「個人的にはトゥールーズのセカンドチームに練習参加をした5日間が一番刺激的で学ぶことが多かったですね。それまではチームとして活動していたのですが、この5日間は僕とリッキー(杉浦)だけで僕らの同世代や年齢が上のプロ選手と一緒にヨーロッパの『日常』を経験することができました。選手寮に泊まって、外国の選手たちと練習やクラブハウスで一緒に過ごすことでいろんなものが見えました」

――どのようなものが見えて、学びにつながったのでしょうか?
「トゥールーズには僕と同い年のジャニス・アンティストという年代別フランス代表にも入っている将来有望なストライカーがいるのですが、ちょうど僕らが参加した1週間ほど前にトップチームでデビューしたんです。そのジャニスと一緒に練習をしたのですが、紅白戦でもめちゃくちゃ点を取るんです。特段技術レベルが高いわけではないので、『なんでこんなにめっちゃ点を取るんやろ』と疑問に思って練習中から彼を注視するようになったんです。そうしたらゴール前での落ち着きが凄くて、フィニッシュに持ち込む前のラストタッチがめちゃくちゃ正確なんです。あと身体の使い方、マークを外す動きが抜群にうまくて、かなり衝撃を受けました。

 これまで内野智章監督にも『海外の選手のプレーを学べ』と言われていたのですが、改めてその言葉の意味が強烈に分かりました。僕が目指しているのはドリブルで打開をし、パスなどでチャンスを作るプレーをしつつ、自分でも決め切る選手。だからこそ最近は点を取ることに関して相当な意欲を持っているので、余計にジャニスのプレーは衝撃で、『自分との間に大きな差がある』と痛感させられました」

――明らかな差を感じたからこそ、逆に向上心が湧いてきたと。
「そうですね、ジャニスはどんな練習でも常にイメージを膨らませて動いているんです。守備の選手がいなかったり、単純なパス回しの練習でも必ずオフの動きを入れて、常に試合の状況を想定してプレーしている。そこは本当に意識の高さを感じたし、だからこそあれだけオフの動きもうまい。シュートまでのイメージを常に持っているからこそ、ゴール前で冷静にプレーできるんだなと。僕もそこは意識してやってきたと思っていたのですが、ジャニスはその遥かに上を行っていた。普段から細部にこだわり続けることの大切さを改めて学びました」

–バチバチに喧嘩していたのに練習が終わって昼ごはんになると…

――そこは大きな気づきですね。
「ジャニスはゴールが近づくにつれてだんだん冷静になっていくようなイメージですよね。それは意識と行動を常にリンクさせながら練習に打ち込み、それを毎日積み重ねていかないと成し得ないものだと思います。それに気づけただけでも、自分の意識レベルがワンランク上がった気がしました。実際にジャニスと縦関係のコンビでプレーした時は、落とすボールの質がめちゃくちゃ良くて、自分のいい部分を引き出してくれた印象でした。欲しいところに欲しいタイミングにくれるし、自分が顔を上げたタイミングで動き出してくれる。めっちゃやりやすかったです。

 あと、トゥールーズにはいろんな国の選手がいて、いろんな国民性というか文化も垣間見ることができました。内野監督から『海外の選手はオンとオフの切り替えが凄い』と言われていたのですが、練習前にトレーニングルームでストレッチや軽い筋トレをする時はバンバン音楽がかかっていて、選手同士やスタッフと選手がめちゃくちゃ和気あいあいと話していて、うるさいくらいなんです。でもいざ練習が始まると一気に雰囲気が変わる。緊張感が漂うし、特に対人トレーニングをするともう削り合いをするんです。ミニゲームに負けるとめっちゃ不機嫌になるし、不甲斐ないプレーをした味方にめっちゃ怒るんです。それで喧嘩に発展することもあって、『うわ、めちゃくちゃ険悪やん』と思うのですが、練習が終わって昼ごはんとかになると、さっきまでバチバチに喧嘩をしていた選手同士がめちゃくちゃ仲良くご飯食べているんですよ。喧嘩がなかったかのようにワイワイ騒いでいて、一切引きずっていないんです。そこで『サッカーに対する考え方が違うな』と思いましたし、衝撃でしたね」

――その輪には入ることができたのですか?
「向こうから積極的に絡んできてくれるので、最後の方は練習生というよりチームメイトのように接してくれて、本当に楽しかったです。同時に『英語やこっちの言葉を喋れるようになったらもっと楽しいんやろな』と思ったので、英語は勉強しています」

–同じポジションのマルコス選手をより強烈に意識するように

――今年に入っていろんな有益な刺激を受けたんですね。
「そうですね、海外の刺激とマリノスでの刺激と、僕は本当に恵まれていると思います。フランスから帰ってきてから、マリノスの練習にも2週間くらい参加したんです。技術レベルはめちゃくちゃ高くて、これまでも楽しいなと思っていたのですが、フランスでの経験を積んでからはより新たな気持ちと視点を持って臨むことができたので、これまで以上に楽しいなと思いました」

――改めてマリノスでの2週間はいかがでしたか?
「リーグが延期をしている中でも、やっぱりすごく明るく前向きにトレーニングしていましたし、一人ひとりが高いモチベーションで取り組んでいたのを見て『やっぱりプロは凄いな』と思いました。それに選手たちも僕のことを気にかけてくれて、仙頭啓矢選手なんかは『インターハイなくなるかもしれないんやろ? それは本当にしんどいよな』と話してくれましたね。

 あと、僕がトゥールーズでジャニスを強烈に意識したように、改めてマリノスではマルコス・ジュニオール選手をより強烈に意識するようになりました。僕はマリノスでマルコス選手と同じポジションのトップ下でプレーすることが多いので、マリノスの開幕戦もずっと彼のプレーを観ていましたし、練習参加をした時もずっと観ていました。プレー面では興國でやっている自分と似ている印象を受けました。ただマルコス選手は本当に自由というか、流れを敏感に感じ取って自分のプレーがしやすい場所に動くんです。決してわがままではなく、チームにとって有益な場所に必ず顔を出すので、自然と彼にボールが集まっていくし、選手たちがいちいちマルコスがどこにいるかを意識するのではなく、いて欲しいところに自然といるからボールを出すんです。

 僕の場合はどうかというと、興國のチームメイトはまだ僕がどこにいるのか意識しているように感じます。なので、僕がいいポジショニングを取れていない時にもボールが来てしまうことがある。それは僕のせいでもあると思うので、みんなが普通にプレーしていて、自然に自分のことを「いいところにいるから出そう」と意識してくれるような選手にならないといけないと思います。そこは年齢的な経験の積み重ねも必要だと思うのですが、例えば久保建英選手だったらそういうことができると思いますし、若さに甘えずに自分の良さを磨いてチャンスを掴みたいですね」

――最後にこれからへ向けて一言お願いします。
「もうサッカーができなくて1か月以上経っていますが、モチベーションを持ってやれているのは、選手権を目指す気持ちともう1つあります。それはマリノスで試合に絡むことです。今、リーグやルヴァンカップ、ACLが中断している分、やり方や試合数などが変化するかもしれないのですが、ある程度は開催するのではないかと考えると、絶対に過密日程になると思うんです。そうなると、もしかしたら僕ら若い選手へのチャンスも少しは来るんじゃないかと期待している自分がいるので、そのチャンスを逃さないためにも、今ここでモチベーションを切らしていてはいけないと思っています。ある意味、この時間をどう過ごすかで大きな差が生まれると思うので、現状に暗くなるのではなく、明るい未来を期待して今を頑張ることが大事だと思っています。より前向きに、ライバルの選手たちの姿を常に頭に入れて、刺激を受けながら1日1日過ごしていきたいと思います」

取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)

2020/05/15 【サッカー】横浜F・マリノス 仲川輝人選手/『LOCKER ROOM』はみだしレポート | 「LOCKER ROOM」はみ出しレポート | Hanako.tokyo

Hanako本誌の人気連載「LOCKER ROOM」で紹介しきれなかった写真&こぼれネタをご紹介。今回は1184号から、サッカー・仲川輝人選手

今回、『LOCKER ROOM』に登場してくれたのは、昨シーズンのJ1リーグ得点王にして最優秀選手賞(MVP)にも輝いた『横浜F・マリノス』の仲川輝人選手。本誌取材が行われたのはクラブのホームスタジアムである日産スタジアムにて。開放感たっぷりのフィールドに向かうと、この日はかなりの強風。メインカットの撮影中、ジャージがバサバサと揺れてしまうと、手でピシッと押さえてくれる茶目っ気ある気遣いを見せ、リフティングをお願いすると「ボールが風に流されるー」と苦笑いしながらも軽快なボールさばきを披露してくれました。

本誌でも紹介したとおり、仲川選手はかなりのキレイ好きで、整理整頓に対しても自分なりのこだわりが。Tシャツや靴下など、洗濯物のたたみ方についても熱弁をふるい、インタビュー後には「服のたたみ方であんなに盛り上がるとは思わなかったけど、楽しかったです(笑)」と話していたほど。フランクで気さくな人柄がうかがえる取材となりました。

現在は新型コロナウイルスの影響でJリーグの開催も延期中。それでも、「今は自分にできる準備をして、再開したらクラブ一丸となって戦いたい」と力強く話していた仲川選手。Jリーグ再開が待ち遠しい限り。

2020/05/14 横浜F・マリノス、歴代ガッカリ外国籍選手6人。SNS中毒で追放、4日で解雇…謎多き助っ人たちの系譜 | フットボールチャンネル

1993年の開幕から28年目を迎えたJリーグでは、数多くの外国籍選手がプレーしてきた。活躍した選手もいる中で、期待を大きく裏切って帰っていった選手も少なくない。今回フットボールチャンネル編集部では、横浜F・マリノスで活躍できなかった外国籍選手を5人紹介する。※年齢は加入当時のもの

–現ディナモ・ザグレブ監督

イゴール・ヨビチェビッチ(クロアチア出身)

生年月日:1973年11月30日(当時25歳)
在籍期間:1999年
J1通算成績:1試合出場/0得点

 世界的名門レアル・マドリードのBチームでもプレー経験を持つFWは、1999年に来日して練習生から横浜F・マリノスと正式契約を結んだ。しかし、将来を嘱望された過去の経歴による期待には応えられず、リーグ戦出場は1試合のみだった。

 その唯一の出場機会は1999年の2ndステージ第14節・清水エスパルス戦の終盤85分からだった。1-2でリードを許していた展開で同点ゴールが期待されながらノーインパクト。そしてホーム最終戦で優勝争いをしていた首位・清水に振り切られ、目の前で2ndステージ優勝を決められてしまった。

 もちろんマリノス は1999年で限りで退団となり、ブラジルのグアラニへ移籍する。そこからクロアチア時代の古巣NKザグレブ、フランスのメス、中国の瀋陽東進や上海連城(のちに上海申花に合併)、ウクライナのカルパティといったクラブを渡り歩き、選手としては不思議なキャリアを送った。

 それでも現役引退後は指導者としてステップアップしていき、今年4月からは数々の実力者を輩出してきたクロアチア屈指の名門ディナモ・ザグレブの監督を任されている。

–たった4日間で…

アブデルジャリル・ハッダ(元モロッコ代表)

生年月日:1972年3月21日(当時27歳)
在籍期間:2000年
J1通算成績:0試合出場/0得点

 モロッコ代表の9番を背負い、1998年フランスワールドカップで2得点を挙げた実績を持つFWだったが、マリノスでは公式戦に一度も出場することなく終わった。それどころか加入から契約解除までたった4日間という前代未聞のスピード退団だったのである。

 キャンプに合流したハッダは、オズワルド・アルディレス監督から早々に構想外を告げられ、イスラム教とゆえに日本の食事も合わなかったことも解雇につながった。横浜にたどり着くことなくクラブを去ることとなったのだ。

 マリノス 退団後はレンタル元のスポルティング・ヒホンに戻り、チュニジアやモロッコのクラブでプレーしたのち2004年夏に現役を引退した。なお、世界中の選手情報を網羅するウェブサイト『transfermarkt』には、マリノス在籍歴が掲載されていない。あまりに短すぎた在籍4日間はなかったことになっているようだ。

–レコバの元相棒と香港リーグ得点王

マルセロ・リパティン(ウルグアイ出身)

生年月日:1977年1月28日(当時24歳)
在籍期間:2001年
J1通算成績:1試合出場/0得点

 ウルグアイの世代別代表でアルバロ・レコバとコンビを組んでいたという触れ込みで来日したが、その片鱗を見せることはなかった。結局、1年間の在籍でリーグ戦の出場は1試合のみ。しかも途中出場で延長Vゴールを奪われるまでの18分間のみだった。

 前年に4日間の在籍で解雇になったハッダとは違い、横浜までたどり着いたが、ホームの日産スタジアムのピッチに立つことは叶わず。離日後はメキシコのクラブ・アメリカへ移籍し、のちにセリエBのバーリやポルトガル1部のマリティモ、CDナシオナル、トロフェンセといったクラブでプレーした。日本で輝けなかったにもかかわらず欧州ではそれなりに結果を残している、謎多い選手だった。
 
 
レアンドロ(ブラジル出身)

生年月日:1974年9月29日(当時26歳)
在籍期間:2001年
J1通算成績:3試合出場/0得点

 1999/2000シーズンの香港リーグ得点王という肩書きを持つストライカーで、2000年に開催されたカールスバーグカップの日本代表戦に、香港リーグ選抜の一員として出場していた。日本の中継映像で紹介された登録名はファーストネームの「レアンドロ」ではなく姓の「シミオニ」だった。

 そこでのプレーが評価されたのか、2001年に来日してマリノスに加入する。しかし、ヘディングの強さ以外に目立った武器はなく、リーグ戦では3試合の出場のみ。ノーゴールで同年7月に契約解除となった。2001年のマリノスはヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)こそ制したものの、開幕前の外国籍選手の補強にことごとく失敗し、シーズン中の監督交代やリーグ戦の残留争いなど大いに苦しんだ。

 レアンドロはマリノス退団後、一度ブラジルに戻ったが、2003年夏から2シーズンにわたってドイツ2部のオーバーハウゼンで活躍。ブラジルやイスラエルでのプレーを経て現役を引退した。

ーーアルゼンチン路線への回帰は…

パブロ・バスティアニーニ(アルゼンチン出身)

生年月日:1982年11月9日(当時27歳)
在籍期間:2010年〜2011年
J1通算成績:6試合出場/0得点

 かつてのマリノスのようなアルゼンチン路線の復活となるかに思われたが、バスティアニーニの補強は明らかな失敗だった。イングランド3部やギリシャ、ベネズエラでのプレー経験を持つ変わり種ストライカーは練習試合でも全く通用しない有様で、リーグ戦は6試合の途中出場のみだった。

 網膜剥離で戦線離脱を強いられた時期もあったが、身長187cm体重80kgという大柄な体格がピッチ上で活かされることはなく、もちろん6試合で1つのゴールも奪えなかった。

 それでも2011年もマリノスに残留する。だが、同年3月11日に発生した東日本大震災を受けて「生まれたばかりの子どもがいるため、震災後に帰国した家族の強い要望もあり、帰国して家族のもとで新たな道を歩み続けることを決断しました」というコメントを残して4月15日付で契約解除に。アルゼンチンへ帰国した。

–お騒がせSNS芸人

カイケ(ブラジル出身)

生年月日:1988年4月1日(当時27歳)
在籍期間:2016年
J1通算成績:23試合出場/4得点

 フラメンゴの下部組織で将来を嘱望されたストライカーは欧州挑戦こそ失敗したものの、ブラジルの下部リーグで揉まれて成長を遂げ、徐々に国内でも名の知られた存在になっていた。2015年にフラメンゴに復帰すると当時チームを率いていたオズワルド・オリヴェイラ監督にも重用された。

 しかし、2016年に加入したマリノスでは期待を裏切り続けた。背番号9を与えられたが、試合に出場してもゴールを決められず、度重なる規律違反で同年9月末にはチーム練習への参加を禁止されるまでに。練習への遅刻や、ベンチ外になった公式戦の試合中にSNSに全く関係のない投稿をするなど、完全にネタ外国人となっていた。

 もはや“SNS芸人”と化していた中、信頼を失う決定打となったのが2016年9月25日の川崎フロンターレ戦だった。その試合でベンチ外になっていたカイケは、チームメイトたちが2-3の激闘を演じている最中に自身のインスタグラムへ「Enjoy life in GINZA」と酒瓶の絵文字などとともに妻とのツーショットを投稿したのだった。

 マリノスで構想外になったものの、長期契約は残されており、2017年以降は母国ブラジルのクラブへ期限付き移籍を繰り返す。2017年はサントスへ、2018年はバイーアとフルミネンセに在籍。それらのクラブではことごとく結果を残せていなかったが、2019年3月にようやくマリノスとの契約が解除になり、次の移籍先となったゴイアスで復活を遂げ、同年9月からはカタールでプレーしている。

 カイケ唯一のファインプレーは、2018年にフルミネンセで同僚だったマルコス・ジュニオールが移籍先にマリノスを選ぶ際の助言者の1人になったことだ。

2020/05/15 マリノスサポ有志140人の民衆の歌「社会を支えるあなたへ」激励動画が話題 原博実氏も称賛 : スポーツ報知

「マリサポから社会を支えるあなたへ#マリサポから4U」と題された2分20秒の動画が13日に公開され、話題を呼んでいる。

 「マリサポ」とは「J1横浜F・マリノスのサポーター」のこと。「4U」とは「For You」のことで、「You」はコロナ禍でも社会の安全や市民の生活を守るために働いている方々を指す。

 不朽の名作レ・ミゼラブルでおなじみの「民衆の歌」に合わせ、のべ140人のサポーターが映像または歌唱で参加。8名で構成された「マリサポから社会を支えるあなたへ実行委員会」が企画・拡散を行い、協力を申し出たサポーターが自宅などで撮影・録音した個々のデータを編集した。

 緊急事態宣言に伴う自粛要請を受ける中、医療従事者をはじめ、運送関係者、小売店の店員など、感染リスクを抱えながら様々な業種の方が日夜働き、社会を動かしている。

 実行委員会は「そんな方々に感謝の気持ち、応援の声やメッセージを少しでも届けたい…実行委員のひょんなツイートからこのプロジェクトは立ち上がりました。自宅にいながらも、誰とも会わずに打ち合わせ、作業せずともできることは何かないのだろうか。だって私たちにとって“応援”は“日常”だから。そんな我々の呼びかけに対し、ご自宅から多くの歌声を、メッセージを、気持ちをお寄せいただきました」と発信している。

 南米のチリや、米国在住のマリノスサポーターや、横浜に住むインドネシア人のサポーターも参加。動画を視聴したJリーグの原博実副理事は、自身のツイッターで「マリサポのみなさんありがとう。元気もらいました!」とつづった。たかがスポーツ、されどスポーツ。たかがサッカー、されどサッカー。そして、たかがサポーター、されどサポーター、である。(記者コラム「〇日後に再開するJリーグ」担当・岡島 智哉)

2020/05/15 開幕27年初めてサッカーのない5月15日、村井満チェアマン再開へ「前を向いて」 : スポーツ報知

 1993年に国立競技場でリーグ旗揚げ戦のV川崎―横浜Mが行われた5月15日は「Jリーグの日」と呼ばれる。開幕から27年の“誕生日”を迎えるにあたり、村井満チェアマン(60)は14日に談話を発表した。

 村井チェアマンは、談話で、新型コロナウイルスの影響で公式戦を開催できない状況が続いていることに触れ、「前を向いて、今『Jリーグにできること』を常に考え、これから広がる新しい、希望に満ちた風景をともにつくっていきましょう」と呼びかけた。

 リーグは、2月下旬から全公式戦を中断。3月上旬からは、日本野球機構(NPB)と「新型コロナウイルス対策連絡会議」を設立し、専門家チームと意見交換し、再開への道を模索している。すでに再開した韓国Kリーグや、16日の再開が決定しているドイツ・ブンデスリーガのマニュアルなどを参考に、再開準備やクラブ救済に注力する。

 村井チェアマンは、続けて「リーグは初めて、サッカーのない5月15日を迎えています。クラブ関係者、リーグスタッフ、パートナーの皆さまなどと手を携え、ワクワクするようなサッカーをお届けする日を目指して、全力で準備を進めています。私はスポーツが持つ可能性を、誰よりも信じています」とつづった。

 
 

 
 

今日のこけまり

本日 #マリノス君誕生祭 開催中! 懐かしの「マリノス君のカード」などを。| 懐かしのマリノスグッズvol.008
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