夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノスまとめ(2020/3/30) #fmarinos

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夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノス(まとめ)

(´-`).o0(2020/3/30(月)年度末大晦日イブ)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Instagram
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

チアゴ マルチンス選手の負傷について | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(3/9の練習で負傷。右第5中足骨骨折(全治2.5ヶ月))

トリコロールワン スタジアムショップ 臨時休業のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(当面の間、休業)
 
 

今日の練見(れんみ)

(´-`).o0(非公開)
 
 

Twitter / Instagram

(´-`).o0(Jリーグの選手では初の感染)
 
 

Webニュースログ

2020/03/28 AFCが選ぶ海外組アジア勢のベスト4選手…“最高選手”はソン・フンミン! “興味深いキャリア”の日本人やJリーガーも選出 | ゲキサカ

 アジアサッカー連盟(AFC)が海外でプレーしてきたアジア選手の中から印象的な活躍を見せた4人を紹介し、「現在アジアで最も有名な選手であり、アジアが輩出した歴代最高選手の1人」としてトッテナムの韓国代表FWソン・フンミンを挙げた。

 AFCは公式サイトで「この何十年もの間、アジアの選手たちはその才能を発揮するため、遠く離れた場所へと旅をしてきた」とし、海外で活躍した4人の選手をピックアップ。最初に取り上げられたのがソン・フンミンだった。

「おそらく現在、アジアで最も有名な選手であり、アジアが輩出した歴代最高選手の1人であるソン・フンミンは、16歳でドイツのハンブルガーSVのアカデミーに加入し、その後に大きな成功を収めている」

「2011年から2013年にかけてハンブルガーSVのトップチームで活躍した後、レバークーゼンは20歳だったソン・フンミンを当時のクラブ記録となる1000万ユーロ(約12億円)で獲得。そして韓国人選手は成長を続けた」

「レバークーゼンでの2シーズンで2度の4位入りに貢献。優れたゴール奪取でチームはUEFAチャンピオンズリーグでも躍進を遂げ、2014-15シーズンには決勝トーナメントに進出した」

「2015年夏、トッテナムは3000万ユーロ(約36億円)を投じて彼をホワイト・ハート・レーン(トッテナムの本拠地)に連れてきたことで、史上最も高額なアジア人選手となった」

「ソンがスパーズに移籍して以来、ノースロンドンのチームはトップ4を逃したことは一度もなく、2019年にはUEFAチャンピオンズリーグ決勝進出を果たしている」

 韓国代表FWのこれまでの経歴を紹介したAFCは「派手なゴール、疲れ知らずのハードワーク、そして周囲に伝播するような笑顔が、彼をファンの人気者にしている」と絶賛し、「次に必要なのは優勝トロフィーだ」と指摘した。

 また、AFCは2008年に21歳で名古屋を離れてVVV、CSKAモスクワ、ミラン、パチューカ、メルボルン・ビクトリー、フィテッセ、そしてボタフォゴと渡り歩いてきたMF本田圭佑を「興味深いキャリア」として紹介している。

 CSKA時代のCLベスト8進出やミラン時代のコッパ・イタリア準優勝といった実績を振り返り、「2017年にイタリアを離れてから、本田のクラブ選びは非常に想像をかき立てるものとなった」と言及。「メキシコのパチューカやオーストラリアのメルボルン・ビクトリーで1シーズンを過ごした後、オランダのフィテッセで短い期間を過ごした。そしてカンボジア代表チームの指揮官としても欠かせない存在となっている」とし、先日のボタフォゴでのデビュー戦ゴールも伝えた。

 AFCはそのほか、ハンブルガーSVで活躍した元イラン代表のメフディ・マハダビキア氏、昨季に横浜F・マリノスの15年ぶりとなるリーグ制覇に貢献したタイ代表DFティーラトンを選出。これらの4選手の中で「最も優れているのは誰?」というユーザー投票を実施し、現時点でマハダビキア氏が90%以上の票数を集めている。

2020/03/30 憧れのMF、木村和司と水沼貴史の去り際に【サッカーコラム】 (1/2) – サッカーマガジンWEB

文◎平澤大輔(元サッカ―マガジン編集長)

–完全性への憧れ

 2020年J1リーグ開幕戦。DAZNの中継で清水エスパルスvs FC東京の試合を見ていた。つくづく、自分は中盤の選手が好きなんだなあ、と思い知らされた。始まってすぐ、ある選手から目が離せなくなってしまったからだ。

 中村慶太。清水エスパルス。背番号20。

 飄々と動き、さり気なくボールを動かし、予測外の場所に予測外のタイミングで技巧的なパスを送り込む(これを個人的に「見えないパス」と呼んでいる。私自身が見えていないという意味で)。ボランチとしてチームの中心に立ち、時に相手に立ちはだかり、時にゴールを狙いに飛び出していく。これは好物だ!

 要は、チャンスも作れてゴールも決めて、守備もしっかりしていて、というオールラウンドなMFの「完全性」のようなものに特別な憧れを持つ癖があるらしい。

 そういえば、これまでもずっと、MFを中心にサッカーを見てきた気がする。MFといってもいろいろだけれど、ピッチの真ん中に立って360度の視野を持つ彼らを追うことで、自分なりにサッカーの理解へと結びつけようと(無意識のうちに)してきたようだ。

 その最初のきっかけを与えてくれたのは、あの2人だと思う。

–まさかの僥倖

 フットボールという名の興奮を最初に浴びたのは、日産自動車が黄金期を迎えていた80年代だから、「2人」が木村和司と水沼貴史であることに驚きはないだろう。センス抜群のスルーパスと必殺のFKで相手を怖がらせた木村、しなやかなドリブルですいすいと相手を気持ちよさそうに置き去りにしていく水沼。日産と日本代表が誇るスターは、本当に憧れだった。

 1993年にJリーグが開幕するころには彼らはベテランで、日産から横浜マリノスに変わったクラブで新旧交代の波の中にいて、ケガもあり、随時出場したわけではなかった。木村は94年に、水沼は95年にスパイクを脱いだ。

 彼らに憧れの眼差しを向けていた私は、Jリーグ開幕の年から「サッカーマガジン」の一員となり、最初の3年間は横浜Mの担当となった。まさか2人の引退に担当記者として立ち会い、伝えるという僥倖を得るとは思わなかった。

–「ずいぶん焼けとるな」

 木村の引退試合は1995年7月30日の日曜日に横浜の三ツ沢球技場で行なわれた。試合後に多くの先輩記者に加わって木村を囲み、長い間、質問を投げかけていた。

 木村はこんな風に答えている。

「いまはもっともっとサッカーがうまくなりたい気持ちでいっぱいです」

「(得意のFKは)もう5本ぐらいあれば、いいのが決められたかもしれないけど(笑)」

「今日はかっこわりぃなあ。悔しくてしょうがないよ、ホントに。でも今日やらせてもらって本当にうれしく思ってます。これで1点でも入れとったら、泣けたかもしれないけど(笑)。ああ、チキショー! 本当に足つりそうだったよ」(週刊サッカーマガジン1995年8月16日号より)

 スーパーヒーローの「最後の取材」の余韻をみんなで味わった一体感は忘れられない…のだが、思い出すたびに赤面するのが、木村から最初に投げかけられた一言だ。

「ずいぶん焼けとるな」

 この大事な試合はナイトゲーム。会場入りする夕方までの時間を利用して、私はのんきなことに藤沢の海岸で友人たちと海水浴に興じていたのだ。大スターの晴れ舞台を前に、なんの緊張感も持っていなかったことが露呈してしまったわけだ。

 でも、ポジティブに考えれば、しんみりとしそうなその場を和ませようと、私の真っ赤な日焼け顔を引き合いに出して笑いにしてくれた、彼らしい優しさなのではないだろうか。

 そうであったとしてもなかったとしても、「あの木村和司」から送られた一言は駆け出しの記者にとって宝物になった。いまでも夏に強烈な日光に当たるたびに思い出して、心が温かくなる。

–「質問がなかったらどうしようかと…」

 そしてその翌日に、今度は水沼が引退を発表して驚かされた。木村の引退試合ではどちらもフル出場。水沼にとっても「引退試合」だったのだ。でも、木村への配慮で発表を控えていたのだという。

 のちに記者会見で、水沼はこう話した。

「自分の口から引退を伝えたかった。体が疲れたのではなく、心が疲れたのが引退の理由です」

「このチームが大好きだから、移籍することは考えなかった」(週刊サッカーマガジン1995年8月23日号より)

 実は、木村のときと同じように、水沼からも心に残る言葉をもらったのをよく覚えている。引退会見というと、よくある質問(思い出のゲームは? 一番うれしかったゴールは? 家族にはいつ、どんな風に伝えて、どんな言葉が返ってきた? など)が続いて、それが一通り終わると、さあ、盛大な拍手で送り出そう、という雰囲気になる。

 ところが突然、「このまま聞きたいことを聞かないままでは、ものすごく後悔するに違いない」と激情にかられた私は、そこから次々に挙手して質問を重ねていった。まるで空気を読んでいなかったようで会見が長引いてしまった。

 またしても赤面である。これは偉大なフットボーラーの大事な引退記者会見なのだ。それを余計な質問で台無しにしてしまったではないか。急に怖くなって、会見場を出たところで謝ろうと思って所在なく立って待っていた。

 すると、水沼の方から向かってきた。体が硬直した。「たくさん質問してくれてありがとう。引退するのに質問がなかったらどうしようかと心配してたんだよ」。お礼を言われるとは思わなかった。こちらはもう、ただひたすらに頭を下げるしかなかった。

 のちに1998年から週刊サッカーマガジンで「水沼貴史のこいつにキラーパス」という連載が始まった。水沼が旬の選手たちにインタビューしていって、素顔をあぶり出していくという内容だ。当時の編集長はこの連載の担当者として、私を指名してくれた。ありがたかった。どんな仕事よりも真っ直ぐに向かっていけた気がする。いや、それはもう「仕事」ですらなく、「仕事以上」のものだった。

 ただもう一つだけ、水沼に謝りたいことがある。

 この大事な連載のタイトルを、あまりにも安直というか、はっきり言ってかっこ悪いベタなものにしてしまったことを、どうかお許しください。

 
 

今日のこけまり

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