夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノスまとめ(2019/11/13) #fmarinos

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夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノス(まとめ)

(´-`).o0(2019/11/13(水)ユースから3人が昇格!)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Instagram
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

池田 航選手、松田 詠太郎選手、ブラウン ノア 賢信選手 トップチーム昇格決定のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(2001年生まれ…21世紀)

11月16日(土)新商品発売のお知らせ | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(タオマフ来ました(定点 )

12/7FC東京戦の席割変更及び、追加チケットの販売について | ニュース一覧 | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(55,732枚 11/13 20:00現在)
 
 

今日の練見(れんみ)

(´-`).o0(トップチームはオフ)
 
 

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Webニュースログ

2019/11/13 マリノス、強さの根幹はどこにあるのか。敵将も認めるその力、貫き続けるポステコグルー監督の信念【週刊Jリーグ通信】 | フットボールチャンネル

明治安田生命J1リーグ第31節、横浜F・マリノス対北海道コンサドーレ札幌が9日に行われ、ホームの横浜FMが4-2で快勝して4連勝。首位に勝ち点差1の2位に浮上した。前半2分にFWエリキが高い位置からの守備で相手GKからボールを奪い先制すると、その後も攻撃の手を緩めず自分たちのサッカーを貫き通した。自軍の選手も信頼を寄せ、敵将・ペトロヴィッチ監督や相手チームの選手も称賛をするマリノスのサッカーと、それを築いたアンジェ・ポステコグルー監督の一貫した姿勢に迫る。(取材・文:下河原基弘)

–やはりマリノスはチームとしても強い」(ペトロヴィッチ監督)

「やはりマリノスはチームとしても強いですし、個の能力も非常に高い選手がそろっている。その選手たちがやはり非常にすばらしい活躍をした。今日のゲームはマリノスが勝利に値するゲームができていたと思っています」

 そう横浜F・マリノスを絶賛したのは北海道コンサドーレ札幌のミハイロ・ペトロヴィッチ監督。サッカーの質、そして内容を重視する敵将をうならせるだけのものを、マリノスが見せていることの証明だろう。

 札幌FWジェイも、「マリノスは非常に強いチームだし、きれいな攻撃的なサッカーをやっているので対戦するのも面白いし、見るのも面白い」と相手チームを称賛。

 さらに自軍の名将も引き合いに「それは監督のおかげだと思います。ミシャもマリノスの監督も、まずはすごくいい男たちだし、すごくいいコーチだと思います。うちも(攻撃的な)ミシャサッカーをやっているので、マリノス対札幌はいつも面白い試合だと思います」と語った。長年欧州で戦ってきた元イングランド代表から見ても、やはりマリノスのサッカー、そしてアンジェ・ポステコグルー監督は、魅力的に映っているようだ。

 その攻守にアグレッシブなマリノスが、開始早々から試合を動かした。前半2分、高い位置でボール回しに参加した札幌GKク・ソンユンに、猛然とプレッシャーをかけたFWエリキがボールを奪うと、丁寧にゴールに流し込んで先制。その2分後にはFW仲川輝人からのクロスを、またもブラジル人ストライカーが頭で決めて追加点を挙げた。

 そこでギアを緩めないのがマリノス。2-0から、さらに得点を奪いに行くといういつも通りの超攻撃的な選択をし、同8分に失点を許してしまった。チームの矜持を感じずにはいられない戦いぶりだったが、その後2点を追加するなどして4-2で勝利した。

–ポステコグルー監督の信念

 この戦いぶりにエリキは「最初から最後まで我々のサッカー、最初から最後までプレッシャーをかけつつ、ゴールを狙っていました。そこで勝利をできて非常にうれしいです」と胸を張った。

 ぶれない姿勢。これこそがマリノスの強さを象徴するものだと改めて感じさせられたゲームだった。そして試合後の指揮官の言葉からも、改めて強い覚悟がにじみ出た。仮に最終節の(現在首位の)FC東京戦で、1点リードしていても今日と同じようにどんどん行けというのか、という質問が飛んだ時だった。

「自分が来日して初日から自分はこのサッカーをやっていこう、このサッカーをやっていくんだと選手に言ってきました。ここで変えてしまいますと信用を失ってしまうのかなと思いますし、自分は一度決めたことはすごく大事にしますし、やり続けることを心がけています」と言い切った。

 続けて「アグレッシブに、そして前方向に行くんだというのは自分たちのサッカーですし、決して1-0とかで安パイに守り切るのではなく、やはり攻め続ける。今日も2点目が取れた、3点目が取れた、そして4点目が取れた。5点目、6点目と取りに行くことが自分たちのサッカーですから、それを貫いてやっていこうと思います。これが自分たちのサッカーです」と、優勝が狙える位置で最終盤を迎え、改めて決意表明をするように語った。

 どの指揮官にも目指すべき戦い方はあるだろうし、できればそれを貫き通したいという思いはあるはず。だがチームの勝敗や試合状況など様々な理由で、貫徹できないことはある。その中でポステコグルー監督は結果の出なかった昨年や、今季苦しんだ時期でも戦い方を変えなかった。

–ぶれない姿勢が強さの根幹に

 第29節の湘南ベルマレーレ戦の後、GK朴一圭は「(監督は)気を抜くなとは常に言っていますね。3-0になっても俺たちは4点目、5点目を取りにいくんだと言っていますし。そういう面ではずっとぶれないし、自分のサッカーを持っているのでやりやすいというか、いいですよね。まったくぶれない、貫き通してくれるので。そこはすごく選手はやりやすいですね」と話していた。

 また、この試合の後にはFWマルコス・ジュニオールが「自分たちのサッカーは日々の練習からやっているんですけど、前からプレッシャーをかけてしっかり得点を狙いに行く。それが0-0であろうと、何点入っていようが3-0だろうが変わらない」と語っていた。違う試合、違う選手を取材していても、同じような言葉が出てくるのが、今のマリノスということなのだろう。いかにぶれずに、戦ってきたかが伝わってきた。

 監督の言行一致、それこそが選手たちから信頼を寄せられる理由だろうし、魅力的なサッカーの根幹になっているのだろう。「(ポステコグルー監督の)サッカーをチーム全員が信じて、やれていることが勝てている要因だと思う」と仲川が話していたが、信じるに値するだけの言動を指揮官が続けてきたことで、マリノスは15年ぶりの優勝を狙える位置まで来ている。

 クラブは11日、オーストラリア人指揮官と来季の契約を更新したことを発表した。これでチーム全体が、目の前の試合に集中して臨める体制が整った。ここ8試合7勝1分けで23得点7失点。勝った7試合はすべて複数得点を挙げるなど、破竹の勢いで勝ち点と得点を積み重ねて、2位まで浮上してきている。

「残り3試合、自分は変わることなくやり続けます。選手たちもやっていくと思いますし、そしてエキサイティングなゲームを続けていくことが、このマリノスのサッカーだと思います」とポステコグルー監督。磨き上げてきた自分たちのサッカーで、頂点を目指す。

2019/11/13 マリノス・仲川輝人が遅れてピッチに入る理由。「ルーティーン」から生まれた50mドリブル弾【この男、Jリーグにあり】 | フットボールチャンネル

明治安田生命J1リーグ第31節、横浜F・マリノス対北海道コンサドーレ札幌が9日に行われ、横浜FMが4-2で勝利した。負傷から2試合ぶりに復帰した仲川輝人は23分に3点目のゴールを決め、今季日本人最多の13得点目をマークした。今やマリノスのサッカーに欠かせない存在となった仲川には、毎試合実践するルーティーンがあるという。(取材・文:藤江直人)

–仲川輝人のルーティーンは10個近くにおよぶ

 まもなく後半のキックオフを迎えるというのに、横浜F・マリノスの選手たちがなかなか所定のポジションにつかない。いや、つけない。自陣の中央で気合いを入れ、闘志を高め合う円陣を作りかけた状態で、最後の一人が円に加わってくるのを待っている光景がいつしか名物となった。

 10人を待たせていたFW仲川輝人が、急いでロッカールームから飛び出してくる。しかし、ベンチの前あたりで立ち止まってはボトルを手にして水を口に含み、タッチラインを踏むことなく、右足からピッチのなかへ入る儀式を欠かさない。もう慣れたとばかりに、主力選手の一人が苦笑する。

「マイペースですからね。なので、気にしないようにしています」

 ハーフタイムだけではない。前半のキックオフを控えたロッカールームで、そして試合の前日から、仲川は数々のルーティーンを実践していることで知られている。テレビ番組でも紹介されたことで、ファンやサポーターにも広く浸透したルーティーンは実に10個近くにおよぶ。ひとつも欠かさないからこそ、円陣を待たせる状況が常態化するわけだ。

 チームメイトたちに申し訳ないと、仲川自身も心のなかで侘びている。それでも、専修大学時代から貫いたキックオフまでの独自のリズムもまた崩したくない。ホームのニッパツ三ツ沢球技場に北海道コンサドーレ札幌を迎えた、9日の明治安田生命J1リーグ第31節でもマイペースを貫いた。

–「身体が軽くなる」ルーティーン

 大量4ゴールを奪い、コンサドーレの反撃を2点に抑えて今季初の4連勝をマーク。川崎フロンターレに敗れた鹿島アントラーズを抜き去り、首位のFC東京に勝ち点1ポイント差の2位に浮上した余韻が残る取材エリア。最後にロッカールームから姿を現し、取材の輪から解放された仲川を直撃した。

 今日もルーティーンはすべて実践したのですか、と――悪戯小僧のような笑顔を浮かべながら、コンサドーレ戦で1ゴール1アシストを決めていたヒーローの一人は首を縦に振った。

「一応やりましたね。しっかりと」

 オレンジジュースを飲む。両手首にテーピングを巻く。ソックスやスパイクをすべて右から履く。同じ香水をつける。決まった音楽を聴く。ピッチへ入るときは天を指さす――などと細かく定められたルーティーンのなかでも、特に気になったものの真意も聞いてみた。

 試合前に体毛を剃るというルーティーンに、仲川は「足というよりも、ここから下ですね」と首のあたりを指さしながら、ちょっぴり照れくさそうに詳細を明かしてくれた。

「首というか、頭から下は全部やっています。自分としては『身体が軽くなる』と思っています。あくまでも感覚的に、ですけど」

 言葉通りに軽くなったかのような仲川がマリノスにとっては天使の、コンサドーレにとっては悪魔に映る羽根をまとい、ピッチの上で異次元のスピードを披露。センターサークル内から約50mをドリブルで駆け抜け、ゴールまで決めてスタンドを熱狂させたのは2-1で迎えた23分だった。

–本人が振り返る札幌戦のゴール

 センターサークル内で仕掛けたFWマテウスが、コンサドーレの選手たちに潰された直後だった。こぼれ球に対して、右斜め後方からアプローチをかけていた仲川が瞬く間にトップスピードに到達。味方のMFマルコス・ジュニオールと交錯する刹那で、ボールをかっさらった。

 ピッチの中央を、最初は左斜め前方へ向かってドリブルで進む。このとき、左サイドには開始2分と4分に連続ゴールをあげていたFWエリキが、フリーでパスを呼び込んでいた。そして、仲川の前方に立ちはだかったコンサドーレのDFキム・ミンテは、間接視野でエリキの姿をもとらえていた。

「どちらのボールになるか、というフィフティ、フィフティくらいの状況で、相手も奪いに来たなかで自分が先に収めたことで、エリキへのパスも選択肢のなかにありました」

 ドリブルを発動させていた仲川は、次なるプレーとしてエリキへスルーパスを出すことも考えていた。しかし、高速で移動する車内から窓の外の光景がゆっくりと見えるように、仲川はキム・ミンテの動きをまるでスローモーションのように、微に入り細をうがってとらえていた。

「相手がエリキへのパスを読んで、先にコースを切ってきたので。そこからはもう『自分でドリブルを続けよう』と。その後はキーパーをかわした場面も含めて、イメージ通りだったかなと思います」

 キム・ミンテがオフサイド・トラップをかけながら、ポジションをシフトさせた逆を突くように、仲川はドリブルのコースを縦に素早く変えて、最終ラインの裏に空くスペースへ一気に抜け出した。もちろんキム・ミンテは反応できない。必死に追走を開始したDF福森晃斗も届かない。

 ペナルティーエリアに到達するあたりから、仲川はスピードを落とすことなく右側へ急旋回。シュートコースを狭めようと前に出てきたコンサドーレの守護神、ク・ソンユンをも細かいステップを踏みながらぎりぎりでかわす。間髪入れずに、無人となったゴールにボールを流し込んだ。

 左足から放たれた、技ありのコントロールショットで先制点をあげた10月19日の湘南ベルマーレ戦で、右太ももの裏を痛めて途中交代。前節のサガン鳥栖戦へはアウェイに帯同したものの、リザーブのまま90分を終えていた仲川にとって、完全復活を告げて余りあるスーパーゴールだった。

 昨季の9ゴールを上回る、自身初の2桁得点を目標に掲げて臨んだ今季のゴール数は13にまで到達した。得点王ランキングでトップに立つチームメイト、マルコスと2差の3位タイに名前を連ね、日本人選手に限ればFW興梠慎三(浦和レッズ)、FW小林悠(川崎フロンターレ)、そして日本代表に選出されているFW鈴木武蔵(コンサドーレ)を押さえてトップに立っている。

–J1デビューまで1年を要した苦労人

 マリノスへの加入が発表される直前の2014年10月19日に、右ひざの前十字じん帯と内側側副じん帯を断裂する大けがを負った。覚悟していた通りに、ルーキーイヤーの大半がリハビリに費やされた。マリノスでのデビューを果たすまでに、実に1年近い日々を要した。

 2年目の2016シーズンはFC町田ゼルビアへ、3年目の2017シーズンにはアビスパ福岡と、J2のクラブへ期限付き移籍を繰り返した。J1リーグ戦におけるゴール数がゼロのまま、ゲーム勘とゲーム体力を降り戻すために武者修行を課した。マリノスへ戻れるかどうか、という不安とも戦っていた。

 一転して昨季は序盤戦こそ出遅れたものの、ホームの日産スタジアムにジュビロ磐田を迎えた5月2日の明治安田生命J1リーグ第12節で、自らの力でサッカー人生のターニングポイントを手繰り寄せる。74分にもぎ取ったJ1初ゴールを、仲川は「あれで自信がつきましたね」と振り返る。

「1点を取るだけで、フォワードというのは点を取れる感覚などを取り戻せると自分では思っていた。J1の初ゴールはPKのこぼれ球でしたけど、あれを皮切りにどんどん取れるようになってきたので」

 そのPKもスピードに乗った仲川の突破が、DFギレルメのファウルを誘発していた。果たして、FWウーゴ・ヴィエイラの一撃はジュビロの守護神カミンスキーに阻止されたが、こぼれ球に誰よりも早く反応した仲川が右足で押し込み、0-3の劣勢から一矢を報いた。

 ボールを拾ってセンターサークルへ戻す姿を介して、まだまだ戦うぞ、とチームメイトたちに伝えた仲川はこのときも、左右両方の人さし指を天へ掲げている。以来、2シーズンで22ものゴールを積み重ねてきた。ルーティーンをやめるわけにはいかない、という思いは当時もいまも変わらない。

–「信じる気持ちをどれだけ持続させられるか」

「仲川に関しては、昨年から日々成長する姿を見せてくれている。スピードがある選手だというのは見ておわかりだと思うが、継続して成長している選手を見るのは非常に嬉しいことだ。それは彼の努力であり、その努力を日々続けてくれているからだ」

 コンサドーレ戦後に仲川を賞賛した、指揮を執って2年目になるアンジェ・ポステコグルー監督の存在も見逃せないだろう。2年前にはオーストラリア代表を率いて、ハリルジャパンと戦った経験をもつ新指揮官が授けた斬新な戦術は、仲川の群を抜くスピードを存分に生かした。

「このサッカーをするのは難しい。それ以前にこのサッカーをすると判断すること自体が難しいというか、それまでと違うサッカーをすることが難しい。信じる気持ちをどれだけ持続させられるか。信じる気持ちが固まってきたことによって、いまでは選手たちはリードしていても引いて守ろうとしない」

 常にハイラインを掲げ、ビルドアップ時にはサイドバックが中盤に入る「偽サイドバック」と化す。ポゼッションを高めながら、ドリブル突破を得意とする左右のウイングへのパスコースを意図的に開ける。そして、相手ボールになれば3トップが猛然とプレッシャーをかけ続ける。仲川が言う。

「去年は苦しい時期もあって、ボスのサッカーをなかなか表現ができなかった。それでも相手を徹底して圧倒して、なおかつ勝利するボスのサッカーを全員が信じて、実践できていることがいま現在の強さの要因だと思う。内容に結果も伴ってくれば、選手一人ひとりの自信と成長にもつながるので」

–「勢いや流れは自分たちにある」

 畏敬の念を込められ、選手たちから「ボス」と呼ばれるポステコグルー監督の信念が、3試合を残した時点でリーグ最多となる総得点60を叩き出す原動力になっている。そして、攻守両面でカギを握る3トップの右に、昨季の半ばから居場所を築いてきた仲川は、こんな言葉を紡ぐことも忘れなかった。

「勢いや流れというのはいま、自分たちにあると思っています。内容も圧倒しながら、目の前の試合を100%勝ち切る姿勢を目指していけば、いい景色が見られるんじゃないか、と」

 いい景色とは言うまでもなく、2004シーズン以来、実に15年も遠ざかっているJ1王者となる。12月7日の最終節には、くしくも日産スタジアムにFC東京を迎える。直接対決が組まれているだけに、松本山雅FC、川崎フロンターレを含めた残り3試合をすべて勝てば悲願が成就される。

「まあ『日程くん』がすごいんじゃないですかね」

 運命に導かれたかのようなスケジュールに、Jリーグの競技日程や対戦カードを自動的に作成する、専用アプリケーションソフトウエェアの通称をあげながら、仲川は周囲の笑いを誘った。

 今季から背負う背番号「23」にちなみ、開幕前にゴールとアシストの合計数を「23」とすると宣言した。現時点で8アシストなので、合計数は「21」となる。数々のルーティーンを欠かさずに実践していく令和のスピードスターが目標をクリアし、さらに上回っていく分だけ、マリノスも頂点に近づいていく。

2019/11/13 栗原勇蔵が一番辛かった3度目の挫折……それでもマリノスで戦い続ける【サッカー、ときどきごはん】 : J論プレミアム

栗原勇蔵はいつもグッと飲み込む
苦しそうなときに話を聞いても
うれしそうな場面でコメントを求めても
少しだけ表情を変えて淡々と話をする

そんな栗原は辛いときが3回あったと言う
その3つを振り返るときも栗原は静かだった
それでも秘めた思いは溢れ出る
やっと笑顔になったのは食の話のときだった

▼苦しかった高校時代に決心したこと

自分の辛かった時期……そうですね、大きく分ければ3つなんですよ。まず高校生のときに、もちろんプロになれるかなんて全くわかってない時期のことで。

中学生でプレーしてたマリノスのジュニアユースは「楽しくサッカーやりましょう」というテーマでプレーしていることが多くて、フィジカル的要素は「練習の中であんまりなかったりするんですよね。

ところが高校に入ってユースに上がるとフィジカル的要素が入ってきて、走りとか、そういうのが出てきて。自分やっぱり体力がないほうなんで、もうめちゃくちゃキツくて、しかも監督が厳しいので有名な(安達)亮さんで。

フィジカル面でいうと自分は一瞬の力はもちろんあると思うんですけど、持久力系は遺伝的にも弱かったんですよ。跳躍力は高かったし足もそんな遅くなくて、そういう意味ではそこそこフィジカルあるんですけど、長い距離走るのはそこまで得意じゃありませんでした。

持久力は人並み位ではあったかもしれないんですけど、ある人に比べたら全然で……。勉強と一緒で、出来る人って簡単にできちゃうし、出来ない人は何回走ってもすぐタイムが落ちちゃったりとかするんですよね。

人によって向上する幅が違うみたいなんですけど、それが圧倒的に弱くて。そこはすごいキツかったですね。

ユース時代は夜9時ぐらいに練習終わって、そこから帰って飯食ってとかいろいろやってたら、寝るのが深夜12時近くになって。翌朝、学校に行って、みたいな。その繰り返しでした。

練習がキツすぎて嘔吐しちゃうし。食えないのが高校入って最初何日か続いて「これは、キッツいな」っていうのがあって。そんな中、学校の仲間たちはいろんな楽しそうな遊びを、高校生になってしてるじゃないですか。そんなの見て「羨ましいなぁ」なんて思ったりもして。

みんながコンビニの前でタムロってるだけでも羨ましかったし、高校生のころなんで、みんなでくっちゃべって、買い食いしてっていうのが楽しい年頃なんで、もう何もかも羨ましかったですよ。

自分はなんでこんなキツいこと、こんな辛いことやってて、みんなはなんでこんな楽しいことやってんだよって。「楽しいサッカー」から実力の世界というか「勝つためのサッカー」に変わったんで、そのときはやっぱりキツかったですね。

プロになりたいと思っても、先輩たちがうますぎて、これちょっと自分がプロになりたいなんて言うと、おこがましいというか。プロ目指してやってるけど全然現実的でもなんでもなかったし。「プロになれるかな?」と思ったのって高校3年ぐらいなんで。もう、高校の1年とか2年のときは、結構大変な時期でした。

だけど高校生ながらに思ってることがあって。自分は練習を1回でもサボったりすると、そのままサッカー嫌になって辞めちゃう可能性あるなって。中学校のときにも実は1回辞めたいと思ったことがあったんで。だから「サボるのはもう辞めるって時だけにしよう」と思って。

休んだらチームメイトに置いていかれるというのもあったし。練習ではみんなに付いていくってだけで余裕が全くなかったので、1回の練習を休んだことでみんなに置いていかれるのも嫌だったし。

そんなことを思ってたから、ズル休みみたいなのは本当に1回もしなかったですね。学校はそのかわり犠牲になって、遅刻とか早退とか、休みとかすごい多かったですけど(笑)。そのおかげでサッカーは休まずにちゃんとやってましたね。

自分では精神力強いとか全然ないと思うんですけど、そう考えたら「気持ち」ってそこそこあったのかな。今考えるとそう思いますね。辞めていく友達とかもいっぱいいたんで。

そうしたら自分が高校3年のときにU-18日本代表の立ち上げがあって、そこに入ることができたんですよ。U-18日本代表にいる仲間たちは、基本的にもうプロに上がるっていう選手ばっかりだったから、彼らと一緒にやれるかどうかがプロになれるかどうかの1つの目安にはなっていました。

それからユースの上の代の人たちが9人トップチームに上がってたんで、そこに追いつけば自分もプロになれるかも、という気持ちもありました。同年代でもすごいヤツらがいたんで、この中で普通にやれればプロになれるかなって。

ところが困ったことも起きてしまって。U-18日本代表に入ると遠征とかで学校を休まなきゃいけないじゃないですか。だけど自分は学校の部活動じゃなくてユースだったし、そこそこヤンチャなこともしてたんで、高校が公休にしてくれないんですよ。前例もなくて。そもそも学校で自分がサッカーやってるって知ってるのは、ホントに仲のいい3、4人しかいないぐらいで。

ユースの活動が公休にならないから「出席日数が足りないかも」って心配しなきゃいけなくなったんです。それで監督の亮さんも挨拶に行ってくれたんです。

ただそのとき、自分は学校に200回以上遅刻してたんですよ(笑)。遅刻を3回してた先輩が亮さんにすっごい怒られてたことがあって。だから遅刻のこと知られるとそれ以上に怒られるんじゃないかってビビってたんです。

亮さんが学校に行ったあと、「おい、学校行ってきたよ」みたいな感じで呼び出されて。「うわ?何されるのかな」と思ってたら、「あの学校は厳しいな(笑)」って。それで許してもらえました。

すると高校3年のときに宮城国体(2001年第56回国民体育大会)の神奈川県メンバーに入るってことになったんです。国体だとになると学校行事になるんで公休になるし、学校の名前も出るし。そうしたら急に先生の態度が変わって、いろんなことで休んでも大丈夫になったりしました。

文化祭の時には「栗原勇蔵君 宮城国体出場おめでとう」って垂れ幕が出て。周りのみんなはサッカーやってるのほとんど知らないから、みんなキョトンとして。「アイツってただの不良じゃないの?」って。確かに学校に朝来ないしよく休むし、すぐ帰るし。それなのに幕が出てきて。

不良だとしか思われてなかったから「あの高校、やっちゃってください」とか言ってくるヤツもいたくらいだったのに、急に垂れ幕が出たんで、みんな目を丸くして「どういうこと?」みたいな。

そこでやっと自分がサッカーやってるって知られたんで、女の子にキャーキャー言われるわけもないじゃないですか。

自分としては「え?」みたいな感覚でした。U-18日本代表のメンバーって、はっきり言って国体のすごい版のメンバーじゃないですか。国体って神奈川の中だけの選抜だけどU-18日本代表は全国だし。

「国体なんかよりU-18に選ばれたってことが、よっぽどすごいんだけどな」って心の中では思ってました。何か不思議な出来事でしたね。

▼いい思い出と悪い思い出が交差する時代

2番目はやっぱりプロに上がった2002年ですね。全然試合には出られなかったし、何よりいい選手がいっぱいいたし。サテライトリーグのベンチにも入れなかったりとかでしたから。

チームに入った若い選手が簡単にチャンスをもらえるような時代ではなかったのですね。それに自分は意欲的にやるタイプでもなかったので、「どうにかなればいいなぁ」と思ってたぐらいで。

年俸も本当に少なくて、サラリーマンの人のほうがよっぽどもらえるくらいで、「こんなのだったら辞めたい」って思うぐらい、何にも面白くなくて。それは辛かったですね。

2003年になると岡田武史さんが監督になって、ちょこちょこ試合には出してもらうようになりました。レギュラーとはまでいかないですけど、試合に出るという状態が3年ほど続いて。

やっぱり充実感が違うし、A契約になると勝利給をもらえるなど全然違うので、そこからは面白くなってきました。

それまでは挫折というか、「サッカー選手って何にもよくないな」って思うくらい、何も得てなかったし得る自信もなかったんで。

岡田さんが来て最初に2回優勝したんです。ただ自分は若かったし、こういう性格だったんで、イジられたというか。マツ(故・松田直樹)さん、ボンバー(中澤佑二)というすごい人たちがいる中で、しわ寄せが自分に来るときも多かった(笑)。

でもずっと日本人監督でやってて、日本人って相手の気持ちを読み取ってくれるのがうまいじゃないですか。けど、外国人監督はそういう「察する」ってあまりやらないですね。自分がこの歳になるまでそういう経験が少なかったのは、最近のマリノスの中で苦労しているところの原因なのかなって思いますね。

それが3番目の挫折につながる話なんですけどね。挫折というか、フランス人のエリク・モンバエルツ監督の性格は最後まで掴めませんでしたね(苦笑)。

選手である以上、試合に出られなくなる日っていつかは来るんでしょうけど、自分の中では想定よりも何年か早かったし。

それまで10年近くずっと試合に出続けていたんで、そこで作っていた生活のリズムが全部狂って。朝起きるのも辛かったし、それが最大の挫折……挫折というか、キツかったね。あのころはまだバリバリできてたんでちょっと悔しいという気持ちもあったんです。

でも一緒に戦っている仲間がいて腐ってはダメだと思ったし。自分が10年近くやっているときに、こういう苦しい思いをしながら支えてくれてた人たちもいっぱいいたことを考えると、悪い態度を取っちゃちゃダメだと思ったし。

そういうことでやっぱり気持ちを保ったところがありました。若いときだったらそう思えなかったかもしれないけど。

クラブは気を遣ってくれていると思いますよ。ただ、気を遣われてばっかりじゃ自分の居場所はないと思うし。そこは難しいとこですけど。

結構自分も気を遣っちゃうほうなんですけど、そういうところは自分の素直な気持ちで最後まで行こうかなって思って。お荷物と言われても仕方ないけど、少しでも長くマリノスにいられるんならやっていきたいなって。

自分のこれまでの経験を若手に伝えられるかどうかわからないですけどね。その時々でいろんなことが変わりますから。それに若いからといってタイトルを獲ることにプレッシャーを感じながらプレーしているようじゃ、鹿島のようなチームには一生勝てないだろうし。

確かに途中でいろいろ移籍話は来ました。でも自分の中で、たとえば「代表に選ばれなくなっててもマリノスで優勝争いしたい」みたいなところはあったんですけど、マリノスで試合に出られなくなったとき、「もう一回火を付けよう。ここからエンジンかけて自分を評価してくれるチームのためにやろう」って、なかなか思えなかったんですよ。

それが移籍しなかった一番の要因だと思います。それが100パーセント、マリノスのためになったかどうかってわからないですけど……。

いろんな選手が自分たちで決断してこのクラブから出てったけど、そこを自分は決断しなかったのだと思います。「自分にはもうちょっといい選択肢がある」とは思ってなかったし、自分はそういう選択ができなかっただけで。自分だけがクラブに残されたってワケじゃないと思いますね。

3つあった辛いときのうち、最初の2つは「まだこれから先がある」っていう、先が見えないけどこれから楽しいことや、いろんなことができるっていう気持ちがありました。けど3つ目は、ちょっと違う感じですね。

でも今の感じで言うと、いつかこのままマリノスで現役を終わるのかな。一気通貫(麻雀の役・同じ模様の「1」から「9」までが揃っている状態)出来上がったのかどうかわからないですけど、とりあえず今は「1」から「8」まで揃ったぐらいですかね。

あと「9」が来れば引退かもしれないです。もう少し「9」が来るのは後だったらいいですね。もうちょっと試合には出たい気持ちがあります。

あ、でも麻雀って、揃えるの難しい割には低い役ってありますよね。一気通貫って難しいのに2翻(下から2番目の役)とかおかしくないですか(笑)?

▼ザッケローニ監督には感謝の気持ちしかない

2012年6月12日のワールドカップアジア予選、アウェイのオーストラリア戦って、間違いなく自分のサッカー人生の中では、一番スポットライトを浴びた瞬間だったと思いますね。65分に得点して、89分に退場もして。

退場になったのは「誤審って言えば誤審」だと思ったけど、もう仕方がないと思って大人しくピッチから出て行きました。いろんな経験ができましたね。

2014年ブラジルワールドカップは……やっぱり持ってないというか。代表とか入るとわかるけど、ああいう頂点にいる人たちって実力以外にいろんなものを持ってる。自分なんかよりも。

自分も「持ってる」とは思いますけど、それ以上に強運だとか実力とか、気持ちもすごい強いし。みんな「自分が一番だ」と思ってるようなタイプしか集まってこないんで。そういうヤツらに勝てるほど甘い世界じゃないですね。何となく選ばれるかなってヤツは最後に選ばれない。

ザック(アルベルト・ザッケローニ日本代表監督)さんは確かに2010年から2013年まで4年間ずっと選んでくれてたんですよ。ワールドカップ前の最後のところで変わったところもあったけど。

ザックさんというか、「外国人監督あるある」で、それまで選んでた選手を外したときって、何かしら理由みたいなのをやたら言うじゃないですか。でも本当は単純に自分よりいい選手が見つかったってことだと思っています。

そのときはモリゲ(森重真人)が出てきてすごいよくて、自分よりいいってだけの話で、それで終わりなんですけどね。自分の力が落ちたっていうんじゃなくて、前の年と同じプレーをしてたらモリゲにポジション取られてなかったかというと、そうじゃなかったと思うし。

自分は悔しさよりも、そうやって実力のある選手が代表に入るのは当然だと思ってたし、選ばれることが当たり前だとは思ってなかったし。ザックさんにはそれまで自分のことを選んでくれてたという気持ちのほうが強くて、感謝してるし、いい経験させてくれたとしか思ってないです。

あと大変だったと言えば、2011年3月29日の「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」のあとに倉木麻衣さんにCDもらって、そこで申し訳ないことになって。

もらったCDにみんな「○○さんへ」って書いてあったんですけど、自分のには「栗原勇蔵へ」って書いてあったんですよ。それをギャグみたいに言ってたらネタになっちゃって。なんてことない話だったし、別に怒る気持ちって1ミリも思ってなかったんですよ。

それがネットとかで「おいしい」とか「付き合ってんじゃないのか」とかって言われたりとかして、倉木さんはブログで謝ってくれて、またすぐCD送ってくださったりとかして。すごい申し訳なくて。いや、本当に申し訳なくて。

▼お勧めは焼き肉屋さんなんだけど……

お勧めの料理屋さんですか? うーん、それだったら宣伝兼ねて、「焼肉BEEFMAN(ビーフマン)」っていう、東京・六本木とか横浜・関内にある焼き肉屋さんにします。横浜ベイスターズに行った同級生と3歳下の後輩がやってるところなんですよ。但馬牛を使ってると思います。そこはたまに行きますね。

自分が好きなのは、最近はカルビから変わってタンになりました。タンは塩で食べてます。脂身が少ない方が良くなってきましたね。お勧めは??みんな冷麺がうまいと言いますけどね(笑)。

オーナーが元野球選手なんでいろんな野球関係者が来店してて、店内はサインだらけなんです。その中でヤクルトの宮本慎也さんが「野球で全国行く中で、冷麺はこの店が一番うまい」って言ってたらしいです。あとカレーもうまいらしいです(笑)。

オレ、基本的に何でもうまいと思っちゃうんですよ。「すき家」だろうが「吉野家」だろうがうまいと思うし、焼肉もどこもそこそこうまいと思うんですよ。この前「牛角」に行ったんですけど、そこもうまいと思ったし。

そういう意味ではオレの舌よりも達人みたいな人が食って、「冷麺がうまい」って言ってたことのようが確かだと思いますから。冷麺、食べに行ってみてくださいね。

 
 

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