夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノスまとめ(2017/9/27) #fmarinos

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夕刊こけまり:今日の横浜F・マリノス(まとめ)

(´-`).o0(2017/9/27(水)今晩(深夜)、横浜は大雨ですってよ。)
 
 

アンカー(目次)

1.横浜F・マリノスオフィシャルサイト
2.今日の練見(れんみ)
3.Twitter / Istagram
4.Webニュースログ 
 
 

横浜F・マリノス オフィシャルサイト

ミロシュ デゲネク選手 オーストラリア代表メンバー選出のお知らせ | 横浜F・マリノス 公式サイト
(´-`).o0(アジア最終予選アジアプレーオフ。10/5&10/10 vs.シリア代表)
 
 

今日の練見(れんみ)


 
 


 
 

Twitter / Istagram


 
 

Webニュースログ

2017/09/27 横浜斎藤、完治が優先「無理矢理W杯に合わせない」 – J1 : 日刊スポーツ

 横浜F・マリノスのMF斎藤学(27)が27日、横浜市内で取材に応じた。松葉づえ姿で、右膝前十字靱帯(じんたい)損傷で全治8カ月の見込みと診断された現在の心境を語った。

 来季の開幕も、来年のW杯も絶望的という重傷であることが前日26日に発表された。その後、初めての報道陣への対応となったが、開口一番「もう前向きに考えているし、なるようになると思っている」と、気丈に話した。「どれだけ(リハビリ期間を)短くするかが大事だけど、再発する可能性もある。そういうのを考慮しながら、なるべくベストなタイミングで復帰できるようにしていきたい。無理矢理、W杯に合わせることは考えていない。自分の体がベストな時に戻ることができるようにしたい。その結果が、W杯に間に合う期間になればいいだけ」と、時折、笑顔も見せながら話した。2大会連続のW杯日本代表メンバー入りに固執するわけではなく、あくまでも完治と再発防止を優先させる決意を口にした。

 右膝の状態については「曲げ伸ばしが痛いぐらいで、そんなに痛くはない。オペ後のために、どれだけ早く治せるかのために、松葉づえをしているだけ。(松葉づえが)なくても歩くことはできる」と説明した。今後、患部の腫れが引くのを待ち、2~4週間後に手術を受ける予定だ。

 「これだけサッカーから離れることもないので、これを機会に、違う自分をつくっていきたい。サッカーの練習以外での成長を意識していけたら」。現状を受け入れ、終始冷静に、前向きに話していた。

2017/09/27 【識者の眼】ハリルJに齋藤学は必要だった。W杯での唯一無二の“切り札”候補、あまりに痛い長期離脱 | フットボールチャンネル

26日、横浜F・マリノスは齋藤学の負傷離脱を発表した。全治までに要する期間は8ヶ月と見込まれている。シーズン終盤に向けて、そして来年に控えるW杯に向けて最悪のタイミングでの長期離脱。日本代表の切り札になりうる唯一無二の武器を持った選手だったのだが…。(取材・文:河治良幸)

–まさかの全治8ヶ月。今季絶望、さらにはロシアW杯も…

 9月23日に行われたJ1第27節のヴァンフォーレ甲府戦で負傷交代した齋藤学の診断結果は右膝前十字じん帯の損傷、全治8ヶ月の見込みと発表された。これはJ1の5位につける横浜F・マリノスでの残りシーズンの欠場が確定したと同時に、明日28日にメンバーが発表される日本代表への年内の復帰が絶望になったことも意味する。

 昨冬中の欧州移籍が実現せず、心機一転キャプテン就任、そして10番を背負った今季だが、開幕からノーゴールが続いていた。9月16日に行われたJ1第26節の柏レイソル戦で得意の左ワイドから右足を振り抜く形で、ようやく初得点を挙げた。

 一方でアシストはリーグ2位タイの8つを記録しており、堅守速攻をベースとする横浜F・マリノスでは彼のドリブルが明確なスイッチとなっていた。ここまでも動きそのものは悪くなかったが、ゴールを決めたことで周囲からの重圧も取れ、波に乗っていける状況だったはず。そんな矢先の負傷となってしまった。

 8月31日のオーストラリア戦でロシアW杯の切符を手に入れた日本代表は、10月6日にニュージーランド、10月10日にハイチとの親善試合を行い、さらには11月に欧州遠征、12月には国内組での参戦が見込まれるEAFF E-1サッカー選手権2017(東アジアE-1サッカー選手権、東アジアカップから名称を変更)が控えている。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督も当然ながら日本屈指のドリブラーである齋藤の動向に注目していた様子だが、W杯本大会までの日程を考えても、かなり厳しい状況になったと言わざるをえない。

 齋藤の基本ポジションは左のウィングまたはサイドハーフであり、日本代表では原口元気(ヘルタ・ベルリン)をはじめ乾貴士(エイバル)、武藤嘉紀(アウクスブルク)など海外組のタレントがひしめき、アウクスブルクからドイツ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフに移籍した宇佐美貴史も前節のザンクト・パウリ戦で目の覚めるようなゴールを決めるなど復調傾向にある。

–齋藤が持つ唯一無二の武器。日本代表の貴重なオプションに

 しかしながら、齋藤には純粋に彼らとポジションが被るという理由で見限ることができない持ち味がある。ワイドな位置でボールを持てば積極的に仕掛け、高確率でクロスやシュートに持ち込む、純然たるドリブラーの気質とその切れ味は、海外組のライバルと比べても特筆に値するものだ。

 ここからW杯本大会のメンバー発表までの8ヶ月間、ハリルホジッチ監督が選考で重視するのは主力のベースになる要素だけではない。いかに戦術的なオプションを増やし、対戦相手や時間帯に応じた戦いを準備できるか。アルジェリア代表でも大会直前に当時チャンピオンシップ(イングランド2部)のレスターに所属していたリヤド・マフレズを抜擢したのもそうした理由からだ。

 そうした意味から考えて、昨年11月を最後に代表から遠ざかっている齋藤にも少なからずチャンスはあったはずだ。明日のニュージーランド戦とハイチ戦に向けたメンバー発表のリストに名前が載る予定だったかどうかは定かではないが、順当なら東アジアE-1サッカー選手権でチャンスが与えられるチャンスはかなり高かったはずだ。

 思い出すのは2014年のブラジルW杯。2013年に韓国で行われた東アジアカップで優勝に貢献した齋藤はW杯の最終メンバーに選ばれた。期待されたのは後半の点を取りたい時間帯でドリブルを武器に攻撃に勢いをもたらし、決定的なチャンスを作り出すこと。そのために練習では大いにアピールしていたはずだが、勝負の時間帯でも当時のアルベルト・ザッケローニ監督から投入の声がかかることはなかった。

 最もチャンスがあったのはグループステージ第2戦のギリシャ戦だろう。[4-2-3-1]で1トップに大迫勇也、2列目に大久保嘉人、本田圭佑、岡崎慎司が並ぶ布陣でスタートした日本だが、自陣で守備を固めるギリシャを攻め崩せず、後半から長谷部誠を遠藤保仁に代え、57分には大迫を下げて香川真司が投入されたものの、打開し切れないまま時間が経過した。しかし、結局3枚目の交代カードは切られないまま、0-0で試合終了のホイッスルが吹かれたのだ。

–前向きな言葉を信じて。完全復活を待つのみ

 試合後、センターバックで出場していた今野泰幸から話を聞いた時に、ギリシャを崩し切れなかった要因を聞いた流れで出たのが齋藤の名前だった。先のコートジボワール戦でベンチだった今野はサブ組の状態をよく観察していたようだが、特に練習で好調だったのが齋藤だという。監督の決定というのは結果の理由がつく部分もあるが、ギリシャ戦の状況を考えれば最も齋藤を生かしやすい状況であったことは確かだ。

 結局コロンビア戦でも出番はなく、未出場のままブラジルW杯を終えることとなった齋藤は「絶対の存在になって戻ってくる」と前を向いた。しかしながらハビエル・アギーレ前監督体制で招集されることはなく、昨年3月に負傷の小林悠(川崎フロンターレ)に代わる追加招集で1年9ヶ月ぶりに復帰した。「懐かしさや久しぶりな感じがした」と語りながらも新たなチャレンジとして意気込みを見せていたのが印象的だ。

 その時も出場機会はなく、昨年10月、11月もメンバー入りしたものの、オマーンとの親善試合に出場したのみで、今年は一度も招集されていない。しかしながら本大会に向けたオプションとしては十分にチャンスがあったはず。このタイミングでの負傷離脱は横浜F・マリノスはもちろん、日本代表にとっても痛い。誰よりも本人が悔しいはずだが、自身の公式ツイッターでもロシア行きを諦めないことを宣言している。

 ハリルホジッチ監督は東アジアE-1サッカー選手権を国内組の最終的な絞り込みの機会と捉えており、さらに欧州遠征、来年3月の代表ウィークで海外組も含めた23人のメンバーを固めていく方針と考えられる。ただ、齋藤の場合は指揮官やスタッフが知らない選手ではなく、特に本大会でジョーカーとなれる選手が見極められなければ、そこからの活躍次第では滑り込みのチャンスは出てくるかもしれない。

「ロシアのW杯もマリノスの優勝も、海外でのプレーも諦めずに追いたいと思います」(齋藤学の公式ツイッターより)

 今はその前向きな言葉をリスペクトし、日本を代表するドリブラーの完全復活を待ちたい。

(取材・文:河治良幸)

2017/09/27 長友佑都「学、帰ってきたら1対1の勝負をしよう」 重症の齋藤に49文字の粋なエール | THE ANSWER スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト

右膝前十字靭帯断裂で全治8か月の代表僚友にメッセージ「俺も進化してるぞ!」

 サッカー、セリエA・インテルの日本代表DF長友佑都がツイッターを更新。日本代表の僚友で、右膝前十字靭帯断裂で全治8か月と診断された横浜FMのFW齋藤学に粋なエールを送っている。

 齋藤は26日に「怪我しました」と投稿。「多くの人の期待を裏切る事と共に、自分自身の目標だったことが遠のいていく辛さ。でも、ロシアのW杯も、マリノスの優勝も、海外でのプレーも諦めずに追いたいと思います」などと無念の胸中と再出発の決意を述べた。

 これに対し、一緒にピッチで戦ってきた多くのサッカー選手が激励のメッセージを送っているが、長友も反応した。

「学、帰ってきたら1対1の勝負をしよう」。こう呼びかけると「今より強く、キレッキレになって戻ってこい!」とエール。さらに「俺も進化してるぞ!」と自らも成長し、受けて立つ構えを示した。

 49文字に込めた気遣いの人らしい長友のゲキ。齋藤も「一対一勝てるよう、成長してきます」と返信し、感謝している様子だった。ロシアW杯のジョーカーとしてファンの期待も高いJ屈指のドリブラー。一日も早い回復と復帰を願うばかりだ。

【了】

ジ・アンサー編集部●文 text by The Answer

2017/09/27 齋藤学のマリノス愛を見た9年前。ロシアW杯、海外移籍は諦めない。 – Jリーグ – Number Web – ナンバー

 横浜F・マリノスMF齋藤学、右膝前十字靭帯損傷で全治8カ月――。

 9月26日に衝撃的なニュースが流れた。23日のJ1第27節のヴァンフォーレ甲府戦でスタメン出場していた齋藤は、64分に相手選手との球際の競り合いで、右足を踏ん張った際にその膝を負傷。一度はピッチに戻り、プレーを再開させたが、続行は不可能に。72分に交代を告げられた。

 この時は怪我の状態こそはっきりしなかったが、精密検査の結果はまさに最悪の結果だった。

 このニュースはマリノスサポーターに大きな衝撃を与えただけでなく、「ロシアW杯出場は絶望的か?」というフレーズはサッカーファンにも衝撃を与えた。

 W杯出場はサッカー選手ならば誰もが憧れる夢であり、ほとんどの選手が叶えられないものである。その夢を叶える可能性を持った選手の大怪我による長期離脱は、マリノスサポーターでなくてもショックを受けるはずだ。

 筆者もその1人だ。小学校時代からマリノス一筋の彼は、169cmと小柄で華奢な身体だが、それを補ってあまりあるドリブルの技術を、自分の生きる術として、この道一筋に磨き続けた。

「誰が何と言おうと、僕はこの『ドリブル』で生きていく」

 昔、筆者が取材した時に聞いたこの言葉。彼は、ユース時代に言い放ったこの言葉を、そのまま有言実行し続けているのである。

–順風満帆ではなかったが、真っ直ぐ己の道を歩いてきた。

 プロ3年目にはJ2の愛媛FCに1年間の武者修行に出されるなど、決して順風満帆な道のりではなかった。だが、自分の信念を貫き通し、いつしかマリノスの主軸となり、2013年には日本代表に初選出されると、2014年のブラジルW杯のメンバー入りを果たした。出場機会こそ訪れなかったが……W杯を肌で感じることは出来たのだ。

 そして、その後は怪我などもあり、日本代表から遠ざかっていたが、今年に入りクラブのレジェンドである中村俊輔(現・ジュビロ磐田)から、エースナンバー10を託された……その矢先の出来事となった。

–「残りの試合マリノスへこれまで以上の声援を」

 J1第26節の柏レイソル戦で今季初ゴールを決め、さあこれから波に乗って……と思ったところでの大怪我。一番悔しいのは本人であることは間違いない。

 想像を絶するような絶望感の中でも、齋藤自身はTwitterを更新し、ファンや仲間に自らこうメッセージを送っていた。

「怪我しました。
 多くの人の期待を裏切る事と共に、自分自身の目標だったことが
 遠のいていく辛さ。
 でも、ロシアのW杯も
 マリノスの優勝も、
 海外でのプレーも諦めずに追いたいと思います。
 俺は元気に前をみて進んでます
 なので、残りの試合マリノスへこれまで以上の声援をお願いします。」

 筆者はこのツイートを読んで、胸が締め付けられる想いだった。

 ここまで信念を持って厳しい戦いを続けてきた男に、さらに試練を与えるのか!

 そんな思いと同時に、齋藤学の「あの姿」が脳裏に浮かび、すぐに自分のパソコンを開いて当時の取材データを探してみた。

–ユースチームの10番を背負って、戦っていた18歳。

 筆者の中では昔からずっと変わらず「齋藤学=あの姿」と言えるほど、記憶の中に鮮明に焼き付いているある光景。

 2008年9月21日、ひたちなか市総合運動公園陸上競技場。

 高円宮杯全日本ユース選手権ラウンド16の横浜F・マリノスユースvs.アルビレックス新潟ユースの一戦。

 当時、マリノスユースの10番を背負っていた齋藤学は、すでにトップチームでも2種登録され、この試合の約1カ月前にJ1デビューを果たすなど、高3ながらほぼトップ帯同ともいえる最高の扱いとなっており、ユースの試合にはほとんど出られない状態が続いていた。筆者も当然、ひたちなか陸上競技場に彼は来ないものだと思っていた。しかし、第1試合のガンバ大阪ユースvs.鹿児島城西の取材をしていると、スタジアムのロッカールームに到着したマリノスユースのメンバーの中に齋藤学の姿があったのである。

「あれっ……出るのか?」

 そう思い、カメラを撮る所定の場所に移動しつつ、メインスタンドの下にいた彼と少し言葉を交わした。

「今日、試合出るの?」

「いいえ、出ません。でも、どうしてもみんなの試合に来たくて……」

–トップチームに帯同していたはずの齋藤が、なぜ!?

 実は、彼はこの試合の帯同メンバーではあったが、ベンチ入りメンバーではなかったのである。

 普通、ベンチ入りメンバーでなければ、トップチームでデビューしているような選手がユースの試合の帯同メンバーとして来ることはほぼ無い。しかも、ここはホームではなく、横浜から150km以上も離れた茨城県のひたちなかである。

 しかし、いないはずの彼はいた――。

 実はこの試合の前日の9月20日には、J1第25節のジュビロ磐田vs.マリノスが、エコパスタジアムで行われており、彼はこの試合で出番こそ無かったが、ベンチ入りしていた。

 試合終了後、その日のうちに横浜に帰り、翌日はトップチームがオフだったため、齋藤が自ら志願してのユースチーム帯同だったのだ。

「やっぱり僕はユースの選手ですし、みんなと一緒に戦いたいので……」

 笑顔で語ってくれたこの言葉には、チームで10番を背負う強烈な責任感と、チームへの愛情の2つの魂が込められているように感じた。

 そして、試合が始まると、彼はメインスタンドで試合を見つめていた。

–最初は、普通にスタンドで観戦していた齋藤。

 試合はマリノスユースが先手必勝とばかりに攻勢に出た。開始早々の4分にMF佐藤優平(現・モンテディオ山形)のCKのこぼれをDF岡直樹が蹴り込んで先制すると、11分にFW端戸仁(現・湘南ベルマーレ)のパスを受けたDF甲斐公博が追加点。リードを2点に広げた。

 しかし、20分に右CKにアルビレックス新潟ユースのMF酒井高徳(現・ハンブルガーSV)にヘッドで1点を返されると、そこから試合は一進一退の激しい攻防戦と化していった。

 後半に入っても白熱の攻防戦が続く……。ゴール裏で写真を撮っていた筆者が、ふとスタンドを観ると、齋藤の姿が無かった。

 その姿を探すと……マリノスユースのベンチの白いテントのさらに奥にある、チームロッカーとなっていたメインスタンド下の狭いエリアに並べられたパイプ椅子に、トリコロールのユニフォームとソックスをはいている選手が、ただ1人ぽつんと座っているのが目に入ってきた。

 慌ててカメラの望遠レンズを向けると、それが、齋藤学だった。

–ベンチ入りメンバーでもない齋藤がなぜ……。

 ベンチ入りメンバーにもなっていない彼に、出番は絶対にやってこない。

 しかし、彼は背番号10のユニフォーム、パンツ、そしてソックスまで「フル装備」の状態で、ベンチのずっと後ろでひとり座って、戦っていた。

 仲間の戦況をじっと見つめ続け、ピンチになると両手を合わせて祈りながらピッチのボールを目で追った。

 その姿はまさに12番目の選手だった。ピッチの選手、ベンチの選手と一緒に彼は全力で戦っていた。

 そして、彼の想いが通じたのか、69分に当時1年生だったFW小野裕二(現・サガン鳥栖)が投入されると、端戸、小野裕二、そしてMF小野悠斗(現・FC岐阜)を中心にしたマリノスユースの攻撃にリズムが生まれ始める。

 74分、佐藤の左CKを甲斐が押し込んで、試合を決定付ける3点目。チームメイトがベンチ入りメンバーと抱き合って、歓喜の輪が出来る中、齋藤は1人小さくガッツポーズをした。

 終盤にはアルビレックス新潟ユースの猛攻に合うが、気迫で守りきり、タイムアップ。3-1の勝利を収め、ベスト8進出を決めた瞬間、ずっと不安そうな表情をしていた齋藤にようやく安堵と小さな笑みがこぼれた。

–こういう男だからこそ、J1優勝とW杯出場を!

 激戦を終えて引き上げて来た仲間のひとりひとりを齋藤はユニフォーム姿で迎えると、チーム全員でサポーターに感謝を伝える列の中に入って、さらに満面の笑みを見せた。

 この一連のシーンを見ながら、彼の暖かい人間性と強烈なリーダーシップについて考えてみた。そして筆者は、彼のそんな熱い気持ちに触れたことで「絶対に日本代表まで行って欲しい」と心から願うようになったのだ。

–J1優勝とロシアW杯出場を信じて、戦い続けるのみ。

 そして、年月が経ち――彼は日本代表になり、トップチームのナンバー10を背負った。

 あの時の熱い気持ちのままに、マリノスというチームの看板を背負って戦ってきた彼に訪れた最大の試練。

 だが、彼の熱い気持ちと強烈な責任感は、これしきのことで弱まることは決して無いと信じる。

 彼は治療を続けながらも、チームメイトと残りの試合を一緒に戦い、10番としてJ1優勝を目指すはずだ。そして、一刻も早い復帰によるロシアW杯出場の可能性を信じて、自己鍛錬をし続けていくだろう。

 そう、試合に出られなくてもトリコロールのユニフォームを着て、仲間と一緒に戦ったあの日の「あの姿」のように――。

2017/09/27 【ライターコラムfrom横浜FM】主将・齋藤の長期離脱が決定…前田直輝は自らの存在意義を示せるか | サッカーキング

 横浜F・マリノスでここまでリーグ戦全27試合にベンチ入りしているのは5選手のみ。フルタイム出場を継続中のDF中澤佑二とGK飯倉大樹の他に、全試合先発で確固たる地位を築いているMF天野純とチームトップの9得点を挙げている点取り屋FWウーゴ・ヴィエイラ。そして5人目がMF前田直輝である。

 先発はわずか6試合のみ。出場時間も570分と少なく、これはチームで数えて15番目である。それでもエリク・モンバエルツ監督は全試合で試合メンバー18人に前田の名前を入れ、定位置の右MFだけでなく、トップ下や1トップの位置でも起用してきた。「(前田)直輝は裏に抜ける動きができる」と一定の評価を与えているのだ。

 本人の希望はもちろん先発出場だろう。だが、そのためにはMF齋藤学とMFマルティノスという両翼の牙城を崩さなければならない。齋藤はここまで1得点と不本意な成績だが、攻撃のけん引車として8アシストを記録。打開力に優れるマルティノスは5得5アシストと攻撃に欠かせない存在だ。試合展開に関係なく、彼らを先発の座から引きずり落とすのは至難の業である。

 残すは7試合のみ。ここでアクシデントが起きた。9月23日の明治安田生命J1リーグ第27節・ヴァンフォーレ甲府戦で負傷交代した齋藤が右ひざ前十字じん帯損傷で全治8カ月の見込みと診断され、今季中の復帰は絶望的となった。

 チームメートのアクシデントによって得たチャンスだが、プロの世界は時に厳しいもの。前田は「(齋藤)学くんがパワーアップして帰ってきてもポジションがないくらい活躍したい」と素直に鼻息を荒くした。確実に増えるであろう出場機会に何をできるか、試されているとも言えるだろう。

 もちろん出場できると決まったわけではない。同じポジションには先日の甲府戦でデビュー戦ゴールを決めたMFイッペイ・シノヅカや19歳のMF遠藤渓太がいる。まずはポジション争いに勝たなければ出場機会は確保されない。

 今、背番号25は静かに燃えている。移籍2年目の終盤に到来した千載一遇のチャンスに、どんな足跡を残せるか。

「誰が先発出場するかは監督が決めることだけど、間違いなくチャンスがあるはず。その場面で自分に何ができるかが大事。どんな形だとしても試合に出場できるのは自分にとってチャンス」

 自身の真価が問われる時間が始まろうとしている。失うものは何もない。前田直輝は目の前の相手を抜き去り、左足でゴールを決めることで存在意義を示そうとしている。

文=藤井雅彦

2017/09/27 2004年 最後にして最大のCS<後編> シリーズ 証言でつづる「Jリーグ25周年」 – スポーツナビ
 
 

 
 

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